13話 ワーグ、再び
月夜に照らされた一人と一体。
両者の空気がピンと張り詰めた。
様子を伺いながらも、左に、右に、ジリジリと動きながら距離を詰めるワーグ。
対するロナンさんも、ワーグに向けた剣先をゆっくりと動かす。
「ゴルルル……」
ワーグの喉奥深くから、地響きのような唸り声が響いた。
「ルルル――バゥワッ!!」
――次の瞬間、ワーグは一瞬のうちに飛び掛かった。
爪を、牙をむき出しにして――ありったけの殺意を込めた突撃。
ギリィッ――
しかしロナンさん、一歩も臆することなく真っ向から受け止める。
大振りな刀身の腹を盾代わりに、鋭い爪も牙も、完全に制してみせた。
「ふっ……!」
そして一息入れると、ワーグが嚙みついたままの剣を大きく振って、力任せにワーグを放り投げた。
「す、すごい……」
圧巻だった。
ロナンさんは、見た目からは決して筋肉量が多いとは思えない。
でも、僕を軽々と持ち上げたり、僕があれだけ苦戦していたワーグを力任せに押し返したり――ロナンさんのそれは、明らかに普通の人と違っているように思えた。
「グルルッ……ガァッ!!」
再び、ワーグが駆け出した。
でも今度は、さっきよりも低く、鋭い勢いで突っ込んでくる。
――まずい。
あの位置じゃあ、剣で防ぐことは難しい!
ワーグのやつ、ついさっきロナンさんに力負けしたもんだから、戦法を変えてきたんだ……!
スッ――。
対するロナンさんも、当然のように腰を落とした。
片脚を下げ、剣を大きく後ろに構えた。
「――せぇっ!!」
ブオンッ――!!
力強い掛け声とともに剣が風を裂き、突っ込んでくるワーグに刀身が吸い込まれてく。
ザシュッ。
「キャヒンッ……!!」
すれ違い様、ワーグの横っ腹に深い一撃が入った。
致命傷だ。
ゴロゴロと転がりながらも、なんとか立ち上がったワーグだったが――ぼたぼたと激しい出血が黒い水たまりを形成し始めた。
ロナンさんは、圧倒的に有利な状況だというのにおごることなく、静かに剣先をワーグに向けた。
決着の時は、近い。
「……!」
刹那、瀕死のワーグと目があった。
くすんだ金色に光る瞳からは、激しい怒りのようなものを感じた。
次の瞬間、ワーグがニヤリと笑った――ような気がした。
「ガ……ガルラァッ……!!」
ワーグは血を吐きながら吠え、ロナンさんから大きく距離をとりながら旋回。
――かと思ったら、次の瞬間、無防備な僕の方目掛けて駆け出した――!!
「しまっ――!!」
ロナンさんの慌てた声。
それが聞こえる頃には、ワーグは数メートル先まで迫っていた。
まずいまずいまずいまずい――――!!
どうする、何ができる!?
火?水?それとも、土?電気?
とっさに考える。
小さい火を起こしてみるか?
水の泡を出したら怯むか?
土を少し動かしたら防げるか?
さっきみたいに静電気を利用すれば――
いや、きっとだめだろう。
今までだって、相手が油断してるところに運よく効いたっていうだけだ。
今のワーグにあるのは――決死の覚悟。
刺し違えてでも僕を殺そうとする、執念だ。
そこに、僕の小さい奇跡が入り込む隙間なんてない。
――今度こそ、僕は死ぬんだ。
僕の心の中は、恐怖と絶望で満たされた。
飛び掛かってきたワーグが、恐ろしいほどスローモーションに見える。
少し離れて、必死に手を伸ばすロナンさんの姿。
あぁ、そうだ。
ロナンさんに……魔法を見せてあげるって約束――守れなかったなぁ。
なんだかすごく――すごく、怖いなぁ。
全てを諦めかけたその時、気付いた。
震える僕の手に、溢れるほどの魔力がみなぎっていることに――。
それを見て、頭に電流が流れた。
僕はもう、考える必要すら無かった。
古代魔法発動――【月詠】……!!
直感だった。
何をどうすればいいかは、体が――心が知っているようだった。
魔力の流れが教えてくれる。
火と水が混ざり合い、途方もない力を生み出すと。
僕の体の中で、火属性と水属性の魔法が、絡み合い、溶けていく――。
僕は――叫んだ。
「火×水――【爆ぜよ水】――!!」
ドパァンッ――!!
次の瞬間、目も開けられないほどの衝撃が走った。
あまりの衝撃に、僕はゴロゴロと転がった。
体中に響く振動が、吐きそうなくらい痛い。
でも、全身を走る激痛が、今も僕は生きてるってことを実感させた。
「うぅっ――な、なにが……」
ようやく目を開けた僕は――自分の目を疑った。
ポッカリとえぐれた地面、吹き飛んだ土や石、そして――
少し先で、ピクリとも動かないワーグの姿。
「えっ、なに、これ――いっ!?」
状況を飲み込めずにただただ困惑していると、走ってきたロナンさんが思い切り抱きついて来た。
「いっ、いだいいだいっ! ロ、ロナンさ――」
「――グスッ。 ごめん、ごめんね……私が、不甲斐ないばっかりに……グスッ」
ロナンさんは泣いていた。
ガッシリとしがみついた腕が、肩が、小さく震えている。
「だ、大丈夫ですって! ほら、僕、なんとか生きてますし!」
「グスッ……うん。 本当に、よかった……絶対死んじゃったと思ったよぉ……グスッ」
「ま、まあ、それはそうなるところでしたけど……おかげで助かりました」
「……え?」
ロナンさんは、僕からゆっくりと体を離すと不思議そうな表情を浮かべた。
鼻も、頬も、真っ赤に染めている。
「私、なにもしてない――いや、何もできなかったんだよ?」
「え? いや、だって、ワーグを倒してくれたじゃないですか。 現に、ほら」
僕はそう言って、物言わぬワーグの死体を指差した。
けど、ロナンさんは更に不思議そうに、首をかしげた。
「……レキムさん、何を言ってるの?」
「何って、何がですか……?」
「あれは、あなたが魔法で倒したんですよ? ドパァンッ!って」
「…………え? 僕がぁ……?」
正直、咄嗟のこと過ぎて何が起きたのか、何をしたのかさえよく分かってない。
なんとなく、古代魔法の力の一端に触れたような気がしなくもないけど……何の実感もない。
「えっ、僕が魔法で……?いやいや、そんなこと――あふっ」
「……!? レキムさん!?」
急に、全身の力が抜けていく。
意識が薄れていく。
そりゃあ、そうだ。
体力、限界をとっくに超えてる。
魔力、多分スッカラカン。
僕はロナンさんの呼ぶ声に応じることなく、気だるいまどろみの中に沈んでいった。




