12話 ロナン
「――それで、”魔法使いじゃない”レキムさんは、どうしてあんな所でずぶ濡れになってたんですか? ひどいケガもしてるし」
ロナンさんが不思議そうに尋ねた。
「……え? ずぶ濡れって――あっ」
そこで初めて自分の体を見て驚いた。
体中は包帯でぐるぐる巻きで、所々赤く滲んでいる。
思っていたより、ひどいケガだったらしい。
そりゃあ、痛い訳だよね……
「これ、あなたが……?」
「うん。ヘタクソだけど、精一杯やらせてもらいました! 体中ケガだらけで、もう大変だったんですよ~?」
「す、すみません……これは多分、ワーグに襲われた時と、崖から転がり落ちた時のせいですね……」
「うわぁ、見かけによらずワイルドなんですね、レキムさんって。 びっくりしましたよ~?食料を探しに行ったら、血まみれの人が川のほとりに倒れてて……。 最初見た時は、「あっ、完全に死んでる」って思いましたよ~」
「……ははっ」
冗談なのか本気なのか、気にする様子もなく話すロナンさん。
僕だったらそんな状況、きっと腰を抜かすか動けなくなってるだろうな。
わざわざ見ず知らずの人をここまで介抱してくれるなんて、この人はどれだけ優しいんだろうか。
もしも、ロナンさんと出会わなかったら。
もしも、そのまま放置されていたら。
僕は今頃――
考えただけで、身震いした。
「……改めて、ありがとうございます。 あなたは命の恩人で――」
「ウウンッ――!」
僕が頭を下げてそう言いかけた瞬間、ロナンさんが大きく咳払いをした。
「”あなた”、じゃなくてロナンです!」
「あ、はい……ロナン、さん」
「うん!」
ロナンさんは屈託のない笑顔を僕に向けた。
その笑顔に、心の底がじんわりと温まるのを感じた。
「でも、魔法薬とかはあいにく持ち合わせてなくて……明るくなれば、薬の材料くらいは探せるかもしれないんだけど……」
「あぁ、いえ、そんなにしていただく訳には……こんな僕なんかの為に、ここまでしていただいただけでも、十分過ぎるくらいですし」
「……むぅ。 なんだかレキムさんは、随分と謙虚ですね?」
「謙虚? いえ、これはなんというか……性格、みたいなもので……ははっ。 そ、それに、とりあえず魔法をかけとけば治りも早いと思いますし」
僕がそう言うと、ロナンさんはキョトンとした顔で僕を見る。
「”魔法で治す”って……レキムさんは神職についてる方なんですか?」
「……? いえ、僕はただの……魔導学院を退学になった落ちこぼれですよ? 学歴も職歴もない、ただの十五歳の一般人です」
「……えぇ?? 退学?それに、十五ぉ? それじゃあ、レキムさんが言ってた治す魔法っていうのは?」
「え?それは、これですよ。 【神聖】」
パアァァッ――
淡い緑の優しい光が僕を包み込む。
その様子を見て、ロナンさんは目をぱちくりとさせた。
「えっ、えっ!? レキムさん、本当に神職じゃないんですよね!?」
「えぇ、そうですけど……」
「じゃ、じゃあ、なんで――”神職にしか使えない魔法”を使えてるんですかっ!?」
「えぇ……? 使えてるって言っても、ただの基礎魔法ですよ?」
ロナンさんはいったいどうしたんだろうか。
”魔法使いが当たり前に使える”基礎魔法が使えたくらいで、過剰なまでに反応をするし……
よほど、魔法とは縁遠い生活を送ってきたのかな?
「いやいやいや、「基礎魔法ですよ?」って、そもそも、聖属性の魔法を使う為には神職について十年近くは修行しないといけませんよね!?」
「えっ、それは普通の魔法使いの話であって、僕は基礎魔法しか――」
「それ、その基礎魔法! 修行しても、基礎魔法すら習得できずに神職の道を諦める人もたくさんいて――って、あぁ、なんでそんなに不思議そうな顔をしてるの? あれ、これって私が何か間違えてるの……?」
ロナンさんはやたらと早口になってぶつぶつと言っている。
なんとなく、おっとりしたイメージがあったから少し驚きだ。
それに、やっぱり何か誤解しているようだし……
「あの、本当に僕の魔法は大したことなくて、魔法の適性が無かったから魔導学院を退学になったんですよ? さっきのだって、本当にたまたま聖属性の基礎魔法が使えるってだけです」
「えぇ……?んん……? ま、まあ、レキムさんがそこまで言うなら……でも、絶対すごいことだと思うんだけどなぁ……私、間違って覚えてたのかなぁ……?」
一応納得してくれたみたいだけど、困惑させてしまったな。
……でも、魔法の知識も理解もあるのに、こんな当たり前のことで驚くなんて不思議な人だなぁ。
「なんだかレキムさん、不思議な人ですね」
「えっ!?」
一瞬、心の中を読まれたのかと思ってドキリとした。
「いえ、なんだか底知れないというか……こう、謙虚さの裏には、誰も知らない秘密の力が宿っていた!みたいな」
「ははっ、なんですかそれ――」
何気なく否定しようとして、ついさっきの出来事が頭に浮かんだ。
古代魔法――。
秘密の力――とまでは言わないけど、確かに不思議な力ではあるのかもしれない。
もちろん、持っているからどうってことはないし、この魔法については何も知らない。
僕自身がよく知らないことを、不用意にロナンさんに話すと更に混乱を招きかねない。
うん、とりあえず古代魔法のことは僕の胸の内に――
「おぉっ、何だか意味ありげな間がありましたけど……もしかして、”さっきの青くて眩しい光”とかが関係してたり……?」
「いっ……!?」
その一言に、心臓が跳ねた。
この人は、本当に僕の心の中を読んでいるのかもしれない。
「……なぁんてね! でも、他にも魔法が使えるっていうなら、是非見せて欲しいな!」
「……まあ、僕なんかの魔法でよければ」
「本当にっ!? やったぁ!! でもでも、さすがに今日は遅いし明日になったらたくさん――ッ!」
ロナンさんはそう言いかけて、急に辺りを見渡した。
ついさっきまでのほんわかした雰囲気は一気に消え去り、張り詰めた緊張が僕にも伝わってくるくらいだ。
「……ロナン、さん……?」
「……ごめんね、レキムさん。 どうやら、お客さんみたいだよ」
ロナンさんはそう言うと、木陰から大振りな剣を取り出した。
大人が持つのも一苦労なほどの、無骨で巨大な剣だ。
あちこち刃こぼれしている刀身がギラリと月明りを反射して、言いようのない威圧感を覚えた。
それに誘われるかのように、暗がりの向こうから荒く激しい息づかいが聞こえて来た。
「――!! ワーグッ!?」
ぬらりと姿を現したのは、顔に傷のあるワーグだ。
まさか――僕を追ってこんなところまで!?
まずい、ロナンさんを巻き込んでしまう!!
「ロ、ロナンさん、先に――」
”先に逃げて”――そう言いかけた僕は思わず息を呑んだ。
革の兜を外して、夜風に揺れる濃い藍色の髪に。
鋭利な刃物のように鋭く、美しい瞳に――。
「……大丈夫、私が守るから」
ロナンさんの優しい声に、僕はただ無言で頷くことしかできなかった。




