第三十九話
「気持ち良かったですわね」
「はい。ちょっと恥ずかしかったですけど。得がたい体験でした。こんなに肌が綺麗になるものなのですね」
カラミラ様に同意しながら、頬を摩るアリク様。
満足そうな二人の横で、私も自分の肌を触ってみる。……おお! これすごい。こんなに美肌になるとは。
もちもちといつもより弾力があって柔らかく、表面はしっとりさらさらの素晴らしい肌に仕上がっている。
「私までご一緒させていただいて、本当によろしかったのでしょうか?」
「良かったのよ。マイアにはお世話になっているからね。それにしても、カラミラ様の言った通り、ここのエステは別格ね」
「そうなのですわ。ここは本当に素晴らしいのです!」
「やっぱりオイルなんかが特別なのかしら?」
「そうですね。ケノミ――」
「メリス様! この店のエステに使用されるオイルは、いろいろな薬草から作られた、特別製だそうですわ」
はぁー。私はプラム様ではなく、カラミラ様に尋ねたのだけど……。そんな露骨に割って入ってこないで欲しい。
これがあるから困るのよね。プラム様はぐいぐいくるから、アリク様やカラミラ様と満足に会話し辛くなってしまう。
「ええ。その通りです」
「……」
会話を遮られたことに苦笑しつつ、波風立てぬよう一歩引いてみせるカラミラ様。アリク様も無言で私たちから距離を取った。
「へぇー。そうなのね。そのオイルは売っていたりはしないのかしら?」
「残念ながら販売はしていないと言われましたわ」
「そう……」
はぁー。やっぱりプラム様がいると駄目ね。
「そんなに気を落とさずとも。お気に召されたのであれば、メリス様もここに通ってはいかがですか?」
気を落とした理由はあなたにあるのだけど……。プラム様は必死過ぎる。もう少し他人に譲る心を覚えて欲しい。
「私、ここにはよく来るのですが、良ければ一緒にどうですか?」
「あら。プラム様はここによく来ているの?」
「はい。それなりに来ております」
「そうなのね……」
「メリス様も通われるのでしたら、ご一緒しませんか?」
「そうねぇー……」
「メリス様はダイエットのためにここに来たのですわよね。でしたらここはダイエットに最適ですわよ!」
確かにこれだけの美肌効果があり、そのうえで痩身効果まであるというのは、本当に魅力的なことだけど。
でもプラム様が一緒となると、おそらくアリク様たちは一緒に来てくれないだろう。どうしたものかしら?
「実は私、少し食べ過ぎで太ってしまったのですが。ここに通うようになって、お腹周りの余分な脂肪がなくなりましたのよ」
「うーん。まあ、考えておくわ」
少し考えてから、とりあえず答えを保留することに。
別にプラム様のことが嫌いというわけでもないので、一緒に通う約束をしても良かったのだけど。
今すぐに答えを出す必要性を感じなかったし、後でメリスとも相談してから、どうするか決めよう。
「そうですか……。それでメリス様、この後のご予定は?」
少し残念そうな顔をしたプラム様、しかしそれも一瞬のことで、今度はこの後の予定を聞いてくる。
予定ね。とりあえずは昼食にする予定だったけど……。
これ、プラム様はずっとついてくるつもりよね? うーん。だとすると今日は早めに切り上げたほうが良いかも。
昼食の後は適当に回るつもりだったけど。プラム様が一緒となると、アリク様とカラミラ様は楽しめないだろう。
「マイア。レストランを予約しているのよね?」
「はい。レストランを予約しております」
「あら。そうでしたの。私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「マイア」
「店側に断られる可能性もありますが、おそらく大丈夫だと思われます」
「そう。なら、一緒にいきましょうか」
「はい!」
「……またのお越しをお待ちしております」
嬉しそうなプラム様とともにエステサロンから出た私たちは、マイアの先導に続いてレストランに向かう。
長い廊下を進む私たち、左右には一定の間隔で客室の扉が並ぶ。そうしてしばらく歩き続けていると突然!
「やっぱり帰る!」
「お待ちください、お坊ちゃま!」
突然響いた声に何だと思う間もなく、勢いよく開かれた扉。その扉は丁度私のすぐ横にあって……。
えっ? ちょ、ちょっと待って!
開いた扉から飛び出してくる太った少年。不運なことに、少年の進路上に入ってしまった私。
不味い。このままではぶつかってしまう! 慌てて避けようとするが、足がもつれて転んでしまう。
「きゃっ!」
「お嬢様。大丈夫ですか!」
「いたた……」
前を歩いていたマイアが、駆け寄ってくる。
「お怪我はありませんか?」
「ええ。大丈夫よ」
幸いなことに尻餅をついただけで、大したことはなかった。しかし、いきなり飛び出してくるなんて。
「ちょっとあなた! 危ないじゃない、いきなり!」
私のすぐ近くに立つ少年に向かって声を荒げるプラム様。
「いや。そいつが勝手に転んだだけだろう。俺はちゃんと止まったぞ」
プラム様の剣幕に一瞬たじろいだものの、すぐに言い返す少年。
ご、ごもっとも……。まあ確かに、さっきのは慌てた私が勝手に転んだだけと言えなくもない。
なにせ、少年は私にぶつかる寸前でうまく勢いを殺し、ぶつかる前にきちんと止まったからだ。
「えっ? いや! だとしても! そもそもあなたがあんな勢いで飛び出してこなければ、こんなことにならなかったわよ!」
少年が私にぶつかったように見えていたのか、一瞬虚を突かれた様子のプラム様。しかしすぐに勢いを取り戻し少年に食ってかかる。
まあ、正直私も、一言ぐらい謝って欲しかった。
だって、ぶつかりはしなかったけど。少年は私が転んだ原因の一端を間違いなく担っているからね。
何を急いでいたのか知らないが、あんなに勢いよく部屋から飛び出して来なくても良いじゃないの。
そんなことを思いながら立ち上がり、私も一言文句を言ってやろうとしたけど、視界にあるものを捉え、絶句する。
えっ? ちょっと待って! あれって妖精? よね? ええっ! だとしたら。この太った少年の正体はもしかして……。




