第三十三話
「まあ、そうなの?」
「ええ。それで……」
四人掛けのテーブルの一角に座った私は、両隣のナルシス様とお母様の会話を聞き流しながら、気を揉んでいた。
(ねえ。もうお茶会が始まってから、だいぶ時間が経っているけど。いったい、いつになったら話しかけるの?)
『もう少し待ちなさい。こういうのはタイミングが大事なのよ』
(それはわかっているけど……)
そうはいっても、時間は有限なのだ。お茶会は長くとも二時間ほど、早ければ一時間と少しで終了するのが常。
タイミングを見計らうのは大事だけど、それで機会を逃してしまうことになれば、次にクロード様に会えるのはいつになるか。
それに……。
(時間をかけるほど、私の神経は磨り減っていくのよ?)
ただでさえ、クロード様の前に出て緊張しているのに。そこに加えて、いつでもクロード様に話しかけられるように気を張っている。
そうして、メリスのタイミングを待つこの時間は、けっこう辛いのだ。
『はぁー。わかったわ。なら、最初の言葉は「クロード様、少しお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」でいくからね』
(え、ええ。いつでもいけるわ)
第一声に言うべき言葉を心の中で反復しながら、メリスの合図を待つ。
ああ……。ついにそのときがきてしまうのね。ドキドキしながら正面に座るクロード様の顔色を窺う。
黙って座るクロード様はあいかわらずの無表情で、内心で何を思っているのか、表情からは窺い知れない。
あっ! 目が――。
『ほら! 今よ!』
クロード様と視線が交差したと思った瞬間、メリスから合図が飛んだ。こ、このタイミングでいくのね。
よし! じゃあ、い、いくわよ!
「……」
意を決して話しかけようとするが、なかなか言葉が出てこない。
『ほら。なにしてるのよ! 頑張りなさい!』
うおおお! やるのよ! やるしかないのよ私いいぃ!
「……あの、ク――」
「そういえばメリス嬢……」
頑張って、なんとか口に出そうとしたというのに、私の小さな声は同時に口を開いたクロード様の声にかき消されてしまう。
「……遅くなりましたが、誕生日プレゼントをありがとうございます。栞、使わせていただいております」
「……」
な、なけなしの勇気を振り絞ったのに……。
『ほら。「まあ! 喜んでいただけたのですね。良かったです」こう返しなさい! このままうまく話を持っていくから!』
えっ、あっ。そうね。そうよ! 落ち込んでいる場合ではない。せっかくクロード様から話しかけてくれたのだから、生かさないと!
「……まあ! 喜んでいただけたのですね。良かったです」
慌ててメリスに言われた通りを口にすると。
『あの栞は特注で……』
すぐに次の言葉がメリスから告げられるので、それもそのまま口にする。
「『あの栞は特注で作らせたものなのです。クロード様に魔法書を頂いたのが嬉しかったので、せめてものお礼にと』」
「そうだったのですか。通りで……。見慣れない意匠の品だと思っていました。素敵な贈り物をありがとうございます」
私がクロード様に贈った誕生日プレゼントは、チャームが雪の結晶を模した、銀でできたブックマーカーだった。
「『本当は魔法好きなクロード様に似合うよう、魔法陣の意匠にしてもらおうと思ったのですけど、魔法陣は複雑で』」
「まあ確かに、彫り込むならともかく、あのように模ったものにするとなれば。魔法陣は複雑過ぎて難しいでしょうね」
「『ええ。そうなのです。職人に難しいと断られてしまいまして。残念ですわ。魔法陣、クロード様にぴったりだと思いましたのに』」
「そうですか。それは残念ですね」
「『ええ。本当に……』」
『ここで一呼吸置いて。次で本題にいくわよ……』
メリスから次々と出される言葉に従うことによって、思ったよりもすらすらと会話できたけど……。
ついに本題に入るのね。一呼吸の間に、気合を入れる。よし!
「『ときにクロード様、実は少しお尋ねしたいことがあるのです』」
「なんでしょうか?」
「『実は先日頂いた魔法書の魔法について不可解なことがありまして、クロード様にご意見を伺いたいのですわ』」
さあ、あとはクロード様から良い返事がもらえるかどうか……。あれ?
ここで周りが不自然に静かなことに気付いた。楽しそうに話していたお母様とナルシス様の声が聞こえない。
二人のほうへ視線だけ動かすと、なぜかお母様とナルシス様は会話をやめており、興味深そうにこちらを見ていた。
いつの間にか二人の注目を集めていたみたい。全然気付かなかった……。
「なるほど。そういうことなら力になれるとは思いますが。しかしメリス嬢にも、家庭教師がついていますよね?」
「『ええ。ですが先生にもわからないようでして』」
「ふむ。家庭教師がわからない不可解な点ですか……」
(メリス。ここからはもう一人で大丈夫よ)
『わかったわ。あとは任せるわね』
ここまでくれば後はなんとかなる。会話が続いてしまえば、あんなに緊張していたのが嘘のように、自然に緊張が解れた。
「それで。何が不可解なのでしょうか?」
「はい。ライトニングの魔法なのですが、うまく発動しないのです」
「うーむ。それだけではなんとも言えませんね」
「そ、そうですよね……」
ここで実際に私の魔法を見て欲しいとお願いしたいのだけど。さすがにそれは図々しいかしら?
うーん、どうしたものか……。そうやって悩んでいると、ここでナルシス様から思わぬ助け舟が。
「だったら、メリスちゃんの魔法を見てあげたらいいじゃない。そうすれば原因もわかるでしょう?」
「ふむ。まあ構いませんが……」
「決まりね。クロード、ちゃんと教えてあげるのよ」
「わかりました。ではメリス嬢、魔法が使える場所へ行きましょうか」
「はい!」
「ご案内いたします」
クロード様に続いて私も立ち上がると、それを見たマイアが扉のほうへ……。
(よっしゃぁあああああ!)
『ちょっ。うるさい!』
(あっ。ごめん、喜びのあまりつい……)
でもほら。仕方ないじゃない? こんなにうまくいくと思わなかったのだから。




