第三十二話
「マイア。服や髪に乱れはない?」
待ちに待っていた日がついにやってきた。これからナルシス様とクロード様が、我が家にやってくる。
だから、身だしなみは完璧でなければいけない。
「問題ございません」
マイアがそう答えるが、まだ少し不安が拭えない。姿見のほうに振り返り、もう一度服装と髪型をチェックする。
問題ないわよね……。ナルシス様から頂いた髪飾りの位置も……。
(メリス、大丈夫よね?)
『はぁー。その質問、何回目よ……。問題ないわよ……』
(新調したドレスも、ちゃんと似合ってる?)
『ええ。似合ってる、似合ってる。いい加減、気にするのはよしなさい』
うーん。そう言われても……。メリスの言い分はもっともだけど。それでも、気になるんだから仕方ないじゃないの。
だって今日は、ただクロード様とお茶会をともにするだけではなく、クロード様と親睦を深めるための第一歩を踏み出す日なのよ?
今日これから私は、お茶会の間に魔法についてクロード様に教えを乞うというミッションを実行しなければならない。
そこで私が魔法に並々ならぬ関心を持っていることを示して。クロード様の気を、興味を惹かなければならないのだ!
いろいろ不安になっても仕方ないじゃない。
予定ではクロード様に頂いた魔法書の中に、うまく発動できない魔法があるから、教えて欲しいとお願いするつもりだけど……。
いきなりそんなことを尋ねて迷惑がられたらどうしよう。仮にうまく教えてもらうことができても、その後が続くかもわからないし。
ただ、そうはいってもさすがに少し、身だしなみのチェックに時間をかけ過ぎているのは事実かもしれない。
あまりに長いこと鏡の前でチェックしていたので、後ろに控えているマイアから呆れた雰囲気が滲み出ているし。
「……マイア。本当に大丈夫かしら?」
これで最後という思いで尋ねる。
「ええ。問題ございません。お嬢様、そろそろお時間です」
苦笑しながら答えるマイア。
「あら。もうそんな時間なの?」
慌てて時計を確認すると、十五時少し前。いつの間にやら、随分と時間が経っていたらしい。
ほんとに長い間、鏡の前で唸っていたようね。
「いきましょうか」
「かしこまりました」
そろそろ移動しておいたほうが良いだろう。クロード様から頂いた魔法書を持ち、自室を出て談話室に向かう。
ああ。もうすぐクロード様が来てしまうのね……。
もうすぐだと意識すると、心臓の鼓動が一段階速くなった気がした。ここ一ヶ月、待ち望んでいたはずなのに……。
いざとなるとやっぱり。どうしよう。まだクロード様と対面してすらいないのに、めちゃくちゃ緊張してきたわ!
これ。ちょっと不味くない?
今の段階でこんなに緊張しているなんて……。クロード様の前に出たらもっと緊張するに決まっているのに。
これで。果たしてまともにクロード様へと、話しかけることができるのだろうか? ものすごく心配になってきた。
やばい! うまくやる自信がない!
これまで何度かクロード様と会ってはいるけど、今までは私から話しかけるようなことはなかったから……。
だからクロード様を前にしても、さほど緊張することはなかったけど。でも、いざ自分から話しかけるとなると。
途端にクロード様のことを意識してしまって……。
『ちょっと!』
「お嬢様?」
緊張と不安を増大させながら歩いていると、突然メリスとマイアから声をかけられる。
「ん?」
すぐに立ち止まり、マイアのほうに振り向くと同時に、二人が声をかけてきた理由に気が付いた。
ああ、談話室を通り過ぎてしまっていたわね……。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「何が、かしら?」
「あっ。いえ……。その、朝からぼーっとしておられましたので、体調が優れないのではありませんか?」
「別にそんなことはないわ」
体調には何の問題もないけど。しかしそうか……。マイアには、朝からすでに私の様子がおかしく見えていたのか……。
うわー。そんなこと知ってしまうと益々不安が増すじゃないの!
つまりそれは、すでに私が緊張すると普段通りに行動できないということが、証明されているってことでしょう?
普段から近くに仕えているマイアだからこそ、小さな変化にも気付けたとか、心の中でいろいろ言い訳を並べてみるも……。
駄目だー。一度浮かび上がった不安は、なかなか拭えない。
『まったく。そんなに緊張してたら、成功するものも失敗してしまうわ。しっかりしなさいよ』
(そんなこと言われても……)
「お嬢様。どうぞ」
とりあえず、マイアが扉を開けてくれたので、談話室の中へ。談話室の中には、お母様と数人のメイドの姿が。
『まっ。とにかく。ここまで来たのだから覚悟を決めなさい!』
先ほどから激を飛ばしてくれているメリスには悪いけど。正直、メリスは見ているだけなのに……。
気楽に言わないでと思ってしまう。
あっ。そうだ! 良いことを思いついた!
(そんなに言うなら、メリスがやってよ)
『えっ? いや。やりたくても無理でしょう?』
(そうでもないわ。確かに体を動かすのは私だけど……。メリスの言う通りに私が話すというのはどうかしら?)
役割分担しましょうよ。私は礼儀作法など、表面を取り繕うことに専念する。メリスは会話を頑張る。これはいける!
話しかけるのは私だが、言葉を選ばないで良いのならハードルが下がる。なにより、私よりメリスのほうが緊張してないから……。
『別に私はそれでも構わないけど。それって意味があるのかしら? 結局、言葉にするのはあなたなのよ?』
(そうだけど。緊張してる私だと、咄嗟にうまく言葉が出てこないかもだし)
『あんなにシミュレーションしたのに?』
(だって……。練習と本番は違うでしょ?)
『まあ、とやかくは言わないけど。でも、私だって緊張していないわけじゃないから。失敗しても、文句を言わないでよ?』
(ええ、絶対言わないわ)
『まあ。それなら――』
(よし! 決まりね! 二人で頑張りましょう。じゃあ、今からきちんと役割分担を明確にしておくわよ!)
少しだけ緊張がほぐれた気がした。




