第28話 『実験』
「十七」
「なんだ、一つ違いじゃないのよ」
「いやいや、一つと言って侮ったらいけないよ。十代の年上はそのままおばさんを意味して――」
そこまで言って口が止まった。否、隣から向けられる殺気に身が縮こまっているのだ。
「おばさんがどうかしたの」
「いえ、何でもありません。お姉様」
「リサでいいわよ。それともおばさんがいいの」
「そんな事は無いのですよ、リサ」
「よろしい、後、敬語は禁止ね。歳が離れていなんだからね」
「はい」
女性の怖さを知って震えていると閃いた。
「それで、話を元に戻すけどこの生活も苦じゃないからね。お姉さんだし!」
「なぜ、そこを強調するのかは訊かないけど、でも、仮に治る見込みがあるとすれば、リサはそれに縋る?」
「何を言って――いえ、そうだね。きっと縋るよ。もう一度外を思いっきり走り回ってみたいもん」
「だったら俺に身を委ねてくれないか。さっきのお礼じゃないけど試してみたい事があるんだ」
「ええ、いいわよ」
「警戒するのは分かっているけど――って今なんて」
「いいわよ。私は何をすればいいのかしら」
即答したリサに逆にデュークの方が唖然としてしまった。
「悩まないのか」
「当然よ。だって、今のあなたに私を害する理由がないもの。それに、殺せないと言った相手を殺そうとするのは合理的じゃないわよ。それは建前で本音は、デュークがそんな人じゃないと思ったから」
「信じやすい奴はいつか騙されるぞ」
「大丈夫よ、デュークが私を守ってくれるから」
「何を根拠に……」
続けて言おうとしたのだが、どうにも手玉にとられている気がしてやめておく。一歳年上ってだけでこんなにも違う物なのかな。
「それで、私は何をすればいいのかな」
「難しい事じゃない」
ッ! と、慣れた痛みが右手首に走る。裂けた皮膚から黒い血が溢れてきた。
「せっかく私が治してあげたのに」
「それは済まんけど、これを飲む勇気がリサにある?」
「――きっと、世界にはたくさんの人がいて、いろんな価値観があってた人が下らないと切り捨ててしまう概念で戦争をする事もあると思うわ。だけど巡り巡って自分の血を飲ませて来る男の子に出会うとは思ってもいなかったわね」
平然と装っているけど、どこか引いている。
「じゃなくて、だったらそっちだって重傷で死にそうな相手に自分の血を飲めと言っただろうが!」
「あら、私は命の恩人。そんな口の利き方でいいのかな」
「すいません」
くー! 立場が弱い自分が情けない。
「とまあ、冗談はこの辺にして失礼するわよ」
「うわあ!」
一切の躊躇なくかぶりついてきた。
かぷっと可愛い口がデュークの右手首を咥える。歯を立てずに血管から溢れて来る血だけを吸っていた。いつもは吸う側の人間としてこう……吸われるのは慣れていないためかどこかこそばゆい。
今、手首はデュークの胸の位置にあるため、そこに顔を出して吸っているリサを見下ろしている構図になっているのだが「ん?」とたまに顔を上げて上目遣いでこっちを見て来る時のきょとんとした顔は反則だ。
くっ、この人いい塩梅のギャップを持ってやがる。
これ以上吸われているとこっちがおかしくなってしまいそうだ。
「ちょ、もう、もういいですから、これ以上はその……あれなので……!」
「んあっ! ん~、あまりおいしくない。デュークはこんなのが好きなの」
「人を勝手に好血家にしないでください」
なんでここでも口元に血を流しているんだろうね。それを小さい舌でなめとっているからもう可愛らしい相貌にちょっとワイルドな仕草。これを狙ってやっているなら悪女の才能がある。
静かに上がった心拍数をゆっくり落ち着かせた。
「それで、一体何がっ!」
「ごめんな。先に言っておくとさっきの恨み返しとか、そんな意味は全くないからこれは必然的に乗り越えないといけない痛みだから」
「―――――――――――――――――――――――ッ!!」
咄嗟に口を押さえて悲鳴を出すのを必死にこらえた。どうやら使い魔は音声を拾っているわけではないので声を上げても問題がないが、彼女の中のプライドが許してくれないのだろう。
リサはベッドの上で激しく苦しんでいる。当たり前の結果だ。デュークの血はただの血ではなく狂血。普通の血液だとしても異なる型を体内に入れれば地獄の苦しみが待っている。
彼の血はそれを何百倍も濃くした感じで数日かけて訪れる激痛をたった数秒まで凝縮して味わっているのだ。
血液が壊れて死ぬよりも先に身体的に負担によるショック死を迎えてしまう。だが、リサは死なない体を持っている。これなら……。
「んんんっ―――――――――――――――――――!!」
「ごめん、ごめん」
そう言ってデュークは苦しむリサを力強く抱きしめる。暴れられて痛みが襲って来るが、今、彼女はこれよりもずっと苦しい中にいると思えば全然苦にならない。




