第25話 『欲望に身を任せて』
情けない声が出てしまったが、仕方がないだろう。何も変わっていない声音でとんでもない爆弾を落としてきたのだ。
「お、お前何を言っているのか、分かっているのか」
「リサ」
「え――」
「リサ、私の名前、はっきり言いなさい。私はお前とかで呼ばれるの好きじゃないの。それでもデュークはお前で読んでほしいのかしら」
「いや、そんな事はない。分かった。リサ。何が目的だ」
「女の子の好意を無下に扱う男の子は嫌われるわよ」
「そんな事を聞いているんじゃない。何が目的だ? 俺を匿ったとしてあんた――リサには何もメリットがないはずだ」
迫真の追及をしてみるが、リサは辟易とした様子で溜息を吐く。
「別に深い理由なんてないわ。強いて言えばここには私しかいないから話し相手が欲しいって所かしら」
「俺は罪人だぞ。世界の半分を飲み込んだ大罪人の血を引いているんだぞ」
自分で言っていて悔しくなった。どうせこいつだって、一時の気の迷いからそうしたいと思っているだけ、もしくは匿って後から通報するつもりだ。その程度の事に俺が騙されてたまるかってんだ。
「確かにデュークが出会った境遇は悲惨だと思うわ。信じていたこ事が全部ひっくり返ったんだもん。当り前よ。それで、人を信じられなくなっているのもよく分かるわ。でも、あなたはユートではない、そうよ。世界の半分を飲み込んだ大罪人ユートの孫かもしれないけど、彼ではないわ。あなたがやった事も許されないかもしれない。でも、それは自分を守るためでしょう。あなたの行為全部を認めるわけには行かないわよ。でも、少なくとも私はあなたを――否定しない」
「そうだよ。そうなんだよ! 俺は、俺は……」
誰かに認められたいわけではない。誰かに許しを求めるつもりもないが、心は随分すり減っていた。誰かに縋れてしまえばどれだけ楽だろう。自分の苦しみを分かち合えたのならどれだけ心が軽くなるのだろう。
「だけど、俺はそんなのに流されない。人の二面性はよく分かった。心ではどんなことを考えているか分からないし、何よりも合理的理由が証明されていないのにのこのこと相手の懐には入らない!」
「はぁ~、もう~、確かに今の私のやり方は人の傷口に付け込んで惑わしているかもしれないわ。でも、もう少し信じてくれてもいいんじゃないかな」
「――――」
目だけで威嚇をしておく。さっきのビンタから考えて今のデュークでは肉体的にも勝てないかもしれない。血だって潤沢にあるわけではない。油断が出来ない相手だ。
「そんなに信じられない、私の事?」
「二度言わせる気か」
「だったら、信じさせればいいのよね」
「なに?」
「宣言して、私の事を信じさせるから、信じられたのなら謝りなさいよね」
「どうやって」
「簡単よ」
すると、リサはただでさえゆらりとしているネグリジュ風のワンピースだと言うのにその肩をするりと現した。白い肌に銀色の髪。そこから見えて来るうなじからの首筋。吸血本能は存在しないが、つい喉に生唾を飲み込んでしまう。
あの白い首に歯を立てられたらどれだけ幸せだろうかと。
「はい、噛んで」
「なぬる!」
そんな欲望が口に出ていたのかと動揺が走ったが、そんな事はないらしい。元々デュークに吸わせるた
めに肩を見せたのだ。
「確かデュークは血を吸うのよね。なら、早くして恥ずかしいから」
「でも、そんな事をすれば」
「分かっていると思うけど、全部は吸わないでよね。ほら早くする」
伸びてきた右手に肩を掴まれるとリサにのしかかる形で顔と顔が急接近した。
「ふふっ、赤くなっているわよ。情報だと女子学生の血を吸ってみたいだけどまだ緊張するのかしら」
「あの時はそんな感じじゃなかったし……」
リサの吐息は肌に触れる。自分でもなんでこんなに緊張しているのか分からない。
「それとも純潔の女の子しか吸えないとかこだわりでもあるかしら」
「そんな事は」
「安心して、私は男の人と手も繋いだことも無ければ、こんな近くまで接近を許した事もないから」
たったそれだけの言葉なのに自分の中の何かが熱くなって行くのが分かった。
「良いんだな。後で文句言うなよ」
「早くして」
「合意って事で」
「早くしなさい!」
「は、はい」
問答無用で吸った事はあるが、いざこうして確認を取ると何だが不思議な感覚に襲われる。
「それじゃ……失礼します」
血を吸ってどうなるのか分からないが、デュークにしても足りていなかったので僥倖と言えた。カプリと首筋に歯を立てた『んっ』と艶やかな声を出されるとより背徳的な感じが増して興奮してしまう。待てって落ち着け! 平然を保つんだ。ここで、弱みでも見せれば何をされるか。
リサの血を吸収していく。これまでは吸って来た人間のすべてを吸い尽くしてきたので正直加減が分からない。血の気が多いようには見えないので思ったよりも早めに切り上げた方がいいと分かっているのだが、どうにも癖になる。濃厚な味わいの中に豊かな甘みがってかと思えばコクを味合わせてくれた。
吸い始めて十秒、いつまで続けるか悩んでいた時「んんっ~~~~~!」これまでで一番の喘ぎ声が聞こえて反射的に離してしまった。歯を離した時に飛び散った血がなんだか厭らしかった。
「ん、んん……。なかなか刺激的だったわ。どうだったの、私の血の味は」
「ああ、よかったよ」
驚いて飛び退いてしまったので背中から草原に落ちているが、心は何だが落ち着ている。血が回復したからだろうか。空腹感がやっと無くなった。
「これで何がっ!」
疑問を投げかけようとしたデュークの体に異変が起きる。
「がぁあああああああああ――――――――――――――――――――――ッ!」
狂血の引き裂かれる痛みでも聖光の灼熱の痛みでもない。存在自体を焼く、また別種の痛みが全身、主に欠損した部分を襲う。ないはずの場所にしっかりと痛みが走っている。幻肢痛かと思ったが、そんなの比ではない。
「俺に何をしたっ!」
「やっぱり。でも安心して。私はあなたを傷つける気はないわ。心からあなたを助けたいと思っているから」
「信じられるかってんだ!」
身を捩る事しかできない。対してリサは何かを待っているのか、真剣なまなざしでこっちを見ていた。
「あぁあああああああああああああ――――――――――――――――――ッ!」




