覚悟と勘違い
「姫様、デビュタントのドレスが出来上りましたよ」
本日も暇を持て余したサフィニア姉様が訪ねて来て、共にお茶をしていたところ、アンジェラからドレスの完成が伝えられる。舞踏会はあと一週間に迫っていた。ギリギリだが間に合って良かった。
「あら、いいじゃない。可愛さと大人っぽさが上手く調和されてる」
侍女が広げて見せたそのドレスを姉様は隅々まで見回し、納得したように首肯く。白のドレスはレースがふんわりと広がり、可愛らしさもありながら、重ねすぎないことで色っぽさも演出している。真っ白なドレスはアマリリスの深紅の髪と引き立てあっていた。髪飾りはレースに髪の色が透けて見え、ピンク色になるように調整されている。着れば白と紅とピンクがグラデーションのように美しく見えるよう仕立てられた、王宮のお針子渾身の一作である。
「……綺麗ね」
溜め息が出るほど美しい。当日はきっと今までのアマリリスと違い、華やかに見違えるだろう。しかしアマリリスは最後の最後まで不安が拭えなかった。そこまでアマリリスの地味さは根強く、それゆえにアマリリスはここまで根暗なのである。そしてそんな自分をなにより変えたかった。だから。
「姉様、アンジェラ。私、ヴィルベルト様に告白して来るわ」
「は!? いったい、いきなりどうしたの!?」
「覚悟をお決めになられたのですね」
「待って、何の覚悟!?」
一人、状況を飲み込めないサフィニアが突然の事態に慌てる。
「突然だけど明日、ルヴィエ公爵邸に伺おうと思うわ。便箋を用意して貰える? ヴィルベルト様宛にしたためるから」
「承知致しました」
侍女が素早く用意した便箋を手に、アマリリスは自室に引きこもる。その場に残された呆然とするサフィニアと、嬉しそうに頬笑むアンジェラはアマリリスの部屋の扉を見つめる。
「告白も何も、どこからどう見ても貴方達両想いじゃない……」
「姫様には、本人からの言葉でないと伝わりませんから」
次の日、アマリリスは準備に気合いを入れに入れまくった。一世一代の告白なのだ。多少派手でも、と思ったが、アマリリスが着ると派手さが薄れ、丁度良く品が出る。アンジェラはその出来に満足そうに首肯いていた。アンジェラ曰く、姫様は派手な方がお似合いになる、とのことである。
馬車でルヴィエ公爵邸に向かう中、アマリリスの心臓は暴れまわっているようだった。前世も今世も告白など初めてである。覚悟を決めてここまで来たは良いものの、何と言おうかは全く考えていなかった。普通に、お慕いしておりますと言えばいいのか。それとも詩的にそれとなく伝えるか。悩むうちに馬車はルヴィエ公爵邸に到着する。公爵邸の執事に応接室まで案内され通される。そこには既にヴィルベルト様が立っていらっしゃった。
「ようこそいらっしゃいました」
「……突然お訪ねしてすみません」
「いいえ。貴女が訪ねて来てくださるなんて初めてのことですから驚きはしましたが、嬉しいですよ」
ソファに腰掛け、向かい合う。しかしそれから話が切り出せない。何かを察したのか、ヴィルベルト様は執事やメイド達を下がらせた。
「今日はどうされたのですか? もしや一週間後の舞踏会の準備で何かあったのですか?」
「違うんです。その、それとは関係なくて」
ヴィルベルト様は気遣ってくださるのに、歯切れの悪い返答しか返せない。これでは駄目だ。今までの自分から変わるのだろう、アマリリス。勇気を出せ。
「あ、あの!ヴィルベルト様のお慕いしている方とは、リナリアなんでしょうか!? それともレオナール様なんでしょうか!?」
思いきって叫ぶように言うと、扉の外から「は!?」と聞こえた。何だったのだろう、今の声は。それより肝心のヴィルベルト様は……。
「……ふ、ふふ、はははは、あっはははは」
……笑ってらっしゃる? 最初は抑え気味だった笑い声は、最後には思いっきり腹を抱えながら笑ってらっしゃった。爆笑だ。
「リナリア姫どころか、レオナールと勘違いとはっ……駄目だ、笑いが止まらない」
あれ?こんな風に笑う方だっただろうか。意外な一面を見れて嬉しいが、戸惑いが大きい。それよりなんで笑ってらっしゃるのか。
「勘違い……なのですか?」
「勘違いですよ、私のお慕いしている方は別です」
笑いで目尻に溜まった涙を拭いながら、ヴィルベルト様はそう仰る。その言葉に少し胸がチクリと痛んだ。すると、ヴィルベルト様は私の前に立ち、何をするのかと思えば、その場に跪いた。私の手を取り、甲にキスをひとつ落とす。突然の出来事に顔に熱がどんどん集まる。
「確かに直接面と向かって言ったことはありませんでしたが、ここまで伝わっていないとは」
ヴィルベルト様が顔を上げると、視線が絡み合う。その眼差しから逸らせない。
「私がお慕いしているのは貴女ですよ。七つの頃から貴女だけを見ていました」
嘘、そんな。それじゃあ、私と同じではないか。
「信じられませんか? そうですね、では七つの頃のお話をしましょうか」
初めてお会いしたときはまだお慕いはしていませんでした。姫らしく美しく優雅に努める貴女に好感は持ちました。ただそれだけでした。けれどそれが興味に変わったのは王妃様主宰のお茶会のときでしょうか。涙を流された貴女を見て思ったのです。なんて美しいのだろうと。他の貴族達は貴族らしく我が儘な感情を表しはしますが、貴女の感情はそんな欲にまみれたものではなく、自然で純粋なものだった。幼い頃から周囲は自分の欲ばかりの者達の中で、欲のないのは貴女が初めてだったのです。そんな貴女がささやか過ぎる欲ゆえの涙を見せてくれたとき、私は貴女を甘やかしたいと思った。それからです、私が貴女をお慕いしているのは。
語られるそれら全てに熱が込もって、ひとつひとつが胸に染み入るように伝わって来る。こんなに感情が込められた言葉は嘘じゃない。ならば、私とヴィルベルト様は両想い? 自覚すると、嬉しさか、はたまた安堵からか涙がひとつ零れた。そんな涙をヴィルベルト様はあのお茶会のときのように拭ってくださる。けれどあのときと違うのは、私が微笑んでいることだろう。
「……私も、お慕いしております」
「ええ、知っていますとも」
見つめ合い、微笑んでいると、扉が叩かれる。ヴィルベルト様が仕方なくというように入室を許す。恐る恐る扉を開けて入ってきたのはレオナール様だった。
「あのー、もういいですか?」
「良いように見えるか?」
「だって俺がヴィルベルト様に慕われてるとかあり得ないことが聞こえたんですもん。……って姫殿下泣いてるじゃないですか! 何泣かせてるんです!?」
「その姫殿下の前でその言葉使いはやめろ」
「ふふ」
仲の良さが分かる二人のやり取りを見ていると、思わず笑い声が零れた。二人が同時にこちらを向くのも面白い。
「仲が良いんですね、妬いちゃいます」
「やめてくださいよ、姫殿下ー」
室内には三人の笑い声が響いた。




