幸せな時間
その日が来るのをアマリリスは待ち遠しさと来て欲しくないという感情とのせめぎ合いで過ごした。そんな日々もあっという間に過ぎ、ついにヴィルベルト様と会う日はやって来る。王宮の一室でそわそわと待つアマリリスの姿は端から見れば恋する乙女なのだが、その内心は不安でいっぱいだった。
「何を不安がっておいでなのか分かりませんが、大丈夫ですよ」
やはりこの侍女には何もかもお見通しだった。しばらくして、扉が叩かれる。ついにこの時が来たかとアマリリスは身構えるようにして姿勢を正した。
室内に足を踏み入れたヴィルベルト様は今日も麗しかった。窓からの陽光を浴びて茶金の髪がキラキラと輝いている。アマリリスは立ちあがり、席を進める。
「お待たせしてすみません。アマリリス様、ご機嫌は如何ですか?」
「とても。ヴィルベルト様とお会いできたので」
「嬉しいことを言ってくださいますね」
席に座り、挨拶を交わす。社交辞令でもなんでもなく本心で言ったのだが伝わっただろうか。会話が落ち着いた頃に、アンジェラが紅茶とお菓子を差し出した。
「……ああ、とてもいい香りだ」
「紅茶がお好きと聞いたので、王宮で一番の、とっておきを準備させました」
ヴィルベルト様は紅茶の香りを嗅ぐと柔らかな微笑みを浮かべる。私もヴィルベルト様に倣い、香りを楽しむ。さすが、お母様が好きな最高級ローズフレーバーティー茶葉。暫く香りを楽しむと、次は口を付けて味を楽しむ。ふわりと口内に薔薇の良い香りが広がる。味も甘さがしつこすぎずすっきりとしている。ふと視線を感じて面を上げるとヴィルベルト様がこちらを楽しげに見つめていた。
「えっと、何か……?」
「貴女の表情は面白いな、と思っただけですよ」
そんなに表情に出ていたのか。頬を触るがよく分からない。なんとなく恥ずかしくなって、テーブルの上のお菓子を勧める。ヴィルベルト様はいくらか紅茶のおかわりを申し出たので本当に気に入ってくれたのだろう。お母様に頼み込んだ甲斐があった。紅茶だけでなくお菓子も結構口に運んでいることに気付く。こんなにお菓子がお好きだっただろうか。
「……甘いもの、お好きなんですか?」
「好きですよ。チョコレートなどが特に」
「わ、私も好きなんです」
ヴィルベルト様との共通の好きな物が見つかった。紅茶が好きなことはゲーム知識で知っていたが、チョコレートは知らなかった。またひとつヴィルベルト様の好きなことが知れて嬉しくなる。
「今度私の好きなチョコレートを手土産にお持ちしましょう」
「ありがとうございます。あの、もっとヴィルベルト様がお好きな物を教えて頂けませんか」
もっと、もっと知りたい。好きな人のことは全部知りたいのだ。ヴィルベルト様は一瞬驚いたような表情をし、次の瞬間笑みを深めた。
「……ええ。そうですね、時計が好きですね。懐中時計などやアンティークも好きです」
ああ、なんて幸せな時間。この時間が長く続けばいいと心の底から思うが、楽しい時間はあっという間に過ぎた。ヴィルベルト様が帰られる頃になり、土産の紅茶をお渡しして、離れ難くも別れる。部屋を退出するヴィルベルト様を見送ると、気付く。そう言えば。
「……婚約候補破棄のお話じゃなかった」
「だからそれはありませんと言いましたのに」
アンジェラは、この主人はまだ悩んでいたのかと溜め息を吐いた。




