地味と偵察と疑惑
あのあとお茶会は無事お開きになり、私室に帰って来た。挨拶はちゃんと返せていただろうが、ヴィルベルト様の顔をちゃんと見られなかった。
それもこれもヴィルベルト様に好きな方がいらっしゃるという衝撃的な発言のせいである。好きな方とはいったい誰なのか。ゲームのヒロインではないかと思ったが、ヒロインと出会うにはまだ時期が早いはずだ。もう出会ってしまっているのか。しかしヒロインは面白いというより明るいという方が合っているはずだったが……。それとも全く別の方なのか。
そこでふと気付く。私はヴィルベルト様のことを何も知らない。知っているのはゲームの時点のヴィルベルト様だけ。過去も、それから紡ぐ未来も、今存在しているヴィルベルト様のことも、何も知らないのだと。何が好みだとかゲームの知識はあっても、それ以外のことを何も知らない。七歳の頃から共に過ごして来ても、知っているのはいつも優しいということだけ。
私は、ヴィルベルト様がどんなことに喜び、どんなことに怒るのか、他の表情を全く知らないのだ。その事実に愕然とする。
「姫様、大丈夫ですか?」
「アンジェラ……私失恋したのかしら……」
まだ想いを告げてすらいないのに。
「私、ヴィルベルト様のこと何も知らなかった。好きな方がいたことさえ……」
「それは……諦めるおつもりですか」
好きだからこそ、ヴィルベルト様にも好きな方と幸せになって欲しい。私が国王であるお父様に頼めば、婚約話を流すこともできる。
けれど。
「私、知りたい。ヴィルベルト様のこと、どんな方をお好きなのか知ってからでも諦めるのは遅くないわよね」
せめて、全て知ってから、納得してヴィルベルト様の恋を応援したい。
「姫様、おそらくそれは勘違いかと思われますが…。ルヴィエ公爵子息様は姫様を想っておられますよ」
「いいのよアンジェラ、気を遣わなくて。それに私決めたの」
「いったい何をされるおつもりで?」
「調べるのよ」
ヴィルベルト様の全てを知るために。
ヴィルベルト・デュー・ルヴィエはとある乙女ゲームのキャラだった。公爵家の跡取りとして産まれ、優雅な所作に整った風貌。頭も切れるし、人当たりも良い。紅茶が好きでこだわりがある。いつもは穏やかだが、時に情熱的な面を持つ。
アマリリスが知っているヴィルベルトの情報とはこの程度だったのだ。どれだけゲームの情報を知っていようと、ゲーム以外のことを知らない。ならば、何も知らないのなら知ればいいだけだ。
その日ヴィルベルト様が王宮を訪れたということで、アマリリスは準備を急いでいた。
「姫様本当にされるんですか…?」
「もうこの手しかないのよ」
「たまに姫様は驚くべき行動力を発揮されますよね」
最後にぼそりと呟かれたアンジェラの言葉は幸いかアマリリスには届かなかった。
侍女に手早く着替えさせてもらい、髪も手早くまとめる。普段よりさらに地味な色の、動きやすいドレスに着替えたアマリリスは、最近の姫らしさはもはや無かった。
「では情報収集に行ってくるわね」
「情報収集は私達がやりますと言っておりますのに……」
「貴女達は私の侍女だって知られているから噂話しているところに行けばバレるじゃない。私自身なら空気薄いからバレないわ」
「けれど……」
「一回試して大丈夫だったんだから」
そう、すでにアマリリスは一度己の空気の薄さがどこまで通じるのか試していた。城の侍女達が休憩する場所に入り込み、そのまま居ても存在を気付かれなかったのだ。その他潜り込んでみたりしたが、本気を出して気配を消せば誰にも気付かれず帰って来ることができた。
そこで聞いた噂話も、ヴィルベルト様に好きな方がいらっしゃるというものだった。さらにここ数日王宮に訪れているという。ヴィルベルト様の想い人は王宮の人間なのだろうか。
「っと、いけない。行かなくちゃ」
「とりあえず御武運をお祈りしておきますね」
諦めたようなアンジェラの溜め息を聞きながら、アマリリスは扉を開けた。
「……いらっしゃったわ」
王宮内の庭園にヴィルベルト様がいるという侍女からの報告を聞き向かったのだが、庭園から動いていなかったようで目的の人物は素早く見つかった。全力で気配を消し、空気に徹して草影から様子を伺う。
そこにはヴィルベルト様の他に二人の人物がいた。一人はヴィルベルト様の侍従。もう一人は……リナリア……?
リナリア・フェリーネ・フィーレンスは私の実妹、第七王女である。心優しく穏やかで少し我儘。姫と言われたらリナリアを真っ先に思い浮かべるだろう。
そんなリナリアとヴィルベルト様が楽しく談笑している。まさか、ヴィルベルト様の想い人はリナリア…!? 考えると目の前の景色がどんどんそう見えてくる。
リナリアだったなんて…。確かにリナリアにはまだ婚約者はいない。というのも私の婚約者がまだ正式に決まっていないからに他ならない。
目の前が暗くなって行く心地に陥る。アマリリスは和やかなその景色をただ見ていることしか出来なかった。
数日王宮に訪れたヴィルベルト様を追いかけてみたが、リナリアと会っていたのは一度だけだった。しかし疑惑は晴れない。それどころか疑惑は別の方向へと進んだ。
ヴィルベルト様は常に侍従と共にいた。たしか、レオナール、と言っただろうか。仲良さげなその様子に、思考は間違った方へどんどん進む。
もしやレオナール様のことが好きで報われない恋なのだろうか。それならば無下に婚約者候補を下りられないのもわかる。
実際は幼馴染と紹介されているのだが、今のアマリリスに正常な思考はできなかった。
人はそれをストーカーと呼ぶ。




