9 グランクラス
「朝ごはん食べてないんでしょ、俺のもどうぞ」
桜井先生が腕を伸ばし、軽食のセットを渡してくれる。
10号車はグランクラスという特等席だった。席割りがどうなるのか、3人席で桜井先生と腕が当たってしまわないか、などとドキドキしながら考えていたが、杞憂だった。
グランクラスは一列が2席と1席に分かれていて、桜井先生が1人席のほうに座ることになった。残念だった。それにたとえ隣同士になったとして、座席はたまごのようなシェル型で、隣の人と接触する恐れはまったくない。
お母さんを呼び出していっしょに北海道まで同行してもらわないといけない、という恐ろしい展開に心がすり減って桜井先生どころではなかったが、一転、先生に函館まで送ってもらえることになって、もう天にも登る思いだ。心が軽くなった私は、また桜井先生ウオッチングに勤しむこととなった。
大宮駅でだって。
乗り換え時間ギリギリだったが「ごめんごめん」と桜井先生が私に気づいて戻ってきた。私のキャスターを軽々と拾い上げ、颯爽と早足で先を急ぐ後ろ姿はやはりきゅんとした。
それでまた樹神くんに、
「愛娘もいるらしいよ」
と釘を刺されてしまった。
「そういうんじゃないって」
「山田さんも懲りないね」
なんてため息までつかれる。
「中学生なんて相手にされないじゃん」
「わかってるんだ? まともな大人ならそうなんだよ」
「じゃあいいじゃない。桜井先生は、まともな大人だってことで」
「でも山田さんがまとわりついたら、世間はそう見てくれないんだよ」
樹神くんは私を冷たく一瞥する。
「ほんと好きとかじゃないから。桜井先生は、そう、推しなの」
「女子ってすぐそうやって、ちょっと好きなことを、推しとか言って逃げるよね」
「な……」
「身近な人に使ってる場合はだいたいそれ」
樹神くんの決めつけに反論してると、指定のシートを見つけた先生がこちらへ手を振る。
「お、けっこう二人、仲良くなってるね」
「「なってません!」」
「あ、ちょっと声のトーン落として」
スーツのお客さんにちらりと見られて、私たちは小さくなる。グランクラスはグリーン車だし、お高い席だ。平日のせいか、周りは羽振りの良さそうなサラリーマンが多かった。
桜井先生もひそひそ声で言う。
「二人とも制服だしね、学校の看板を背負っているつもりで……」
「はじめて先生ぽい発言聞きました」
「樹神くん!?」
目をぱちぱちする桜井先生に、樹神くんはあどけなく笑った。桜井先生だけじゃない、そんな桜井先生と樹神くんをセットで眺めるのも、実はけっこう好きだった。
聞くなって言われたけど、ほんとなんで樹神くんは学校をやめてしまうんだろう。




