6 みどりの窓口
「惜しかったな〜」
「あと1本早ければって感じでしたね」
「清算なければギリいけたかも」
「赤羽のホーム上がる前、ペットボトル買ったじゃないですか。僕はあれが……」
「感想戦やめてください!!」
山田さんが荒れている。
「あなたたちは乗れなくても、痛くも痒くもないんでしょうけど!!」
実際にそうだった。山田さんはこれから親御さんの同行で、修学旅行先の北海道まで、先発隊というか定刻隊を追って行かなければならない。僕は学校に戻る。
山田さんはみどりの窓口の記入台に突っ伏している。肩が震えている。まさか泣いているのだろうか。
断片的な話をつなぎ合わせると、おそらく山田さんのうちは親子関係がうまくいっていない。まあ、表面的にはいかにも順風満帆に見えて、前から内部腐朽していた僕んちが言えることじゃないけど。
泣いているような山田さんを前に、桜井先生は困った顔をしている。マイペースな面も強いが、桜井先生は意外と面倒見が良いというか、人を放っておけない性格なんだろう。それで今日、僕もここまで連れて来られたようなものだ。そんなに僕は修学旅行に行けなくて残念そうな顔をしていただろうか。
残念は残念だった。だけど僕はもう、それ以上に、僕のことを知る集団の中で過ごすことが怖かった。
先生はスマホで電話をかけ始めた。何件か。その間にも、駅員さんに何か尋ねている。まさか、北海道まで送っていくつもりなんだろうか。
最後はビデオ通話をしていた。スマホに向かって、SNSの広告のような笑みを浮かべている。桜井先生って、あんな営業スマイルもできるんだ、と僕は感心した。
しばらくすると、先生は記帳コーナーに戻ってきた。
「山田さん」
「なんですか」
山田さんは突っ伏したまま、くぐもった声で答える。
「許可が下りました」
「なんのですか」
「僕が函館まで送ります」
「「えっ!!」」
山田さんは顔を上げて腫れた目で桜井先生を見る。嘘泣きのセンも考えていたが、本当に泣いていたようだった。
「ただ条件がひとつあって」
桜井先生は僕を見た。
「樹神くんもいっしょに行くことでs……」
「樹神くん、行くよね!?」
食い気味に山田さんが叫んで、僕を見る。
行くわけないだろ。なんで僕が、よく知りもしない山田さんのために。
「樹神くん、ほんとなんでも言うこと聞くから」
「おいおい」
「えっ無理です」
「ほんとなんでもするんで! パシリでも、何でも」
「ああそっち系」
「僕パシリとか要らないんで」
「助けると思って! お願いします!!」
山田さんが僕に深々と頭を下げる。
実をいうと、僕も困っている人を放っておけないタチだった。だから生徒会長なんて役を引き受けてしまっているのだけど。そうだ、副会長に早めに伝えて引き継ぎしないと。2年生なのに申し訳ないな。
けれど僕は頭の中で同時に別のことを考えていた。考えていたのは、今まで表に出てこなかった嫌な奴の僕だった。
「……なんでもするの?」
「えっ」
「ちょっと樹神くん!?」
「はい!何でもします!!」
「山田さんまで! 俺は容認できないからね!?」
僕は山田さんが一番触れられて嫌だろうことを考えて、それを条件に出す。
「山田さんって今年、特進落ちしたよね」
山田さんの瞳が揺れる。わかり易く動揺しているのが見てとれる。
うちの学校には入学時の成績上位者向けに特進クラスがある。基本的に高校に上がるまで入れ替えはないが、今年、何人かがクラス変更の対象になった。数人だったからかえって目立った。それがきっかけで学校を辞めてしまった子もいる。無慈悲な制度だと僕も思う。
今年の、この入れ替え対象者の1人が山田さんだった。
「来年、特進クラスに戻ること、それが僕の条件」
◇




