5 桜井先生の愛車
「ここからだとね、大宮のほうがいいから赤羽に車置いて、大宮駅まで電車で行きます」
私が乗るはずだったのは東京発の東北新幹線だった。西中は私立だから首都圏のいろんなところから生徒が通っていた。そして私の今の家は東京都といっても埼玉にほど近い場所にある。前は学校に近いところに住んでいたけど、今はそれなりに通学時間がかかる。それも学校に行くのが億劫になった一因だった。
「先生は大宮まで行ったら学校に戻るんですか」
「そのつもりだけど、今ちょっとギリギリなんだよなあ」
間に合わなければいいな。そしたら学校まで戻る道もいっしょに帰れるじゃん、先生の車で。そんな呑気なことを考えながら、何気なく聞く。
「合流できなかった場合って私は学校で自習ですか」
「宿泊施設まで、保護者さんに送ってもらうことになるかな」
それを聞いて私は血の気が引いた。
初日の宿泊施設は、なんと北海道にある。送るならお母さんは今日、仕事を休まなければならない。最近は手間をかけないようにしていて、お母さんの機嫌はよくも悪くもなく、安定していて、私は難を逃れていたが、この事態は手間どころの話ではない。
「えっ僕もですか」
「あーその場合は、山田さんだけかな」
「なんで樹神くんはよくて、私だけ参加確定なんですか!?」
先生は困ったような顔で樹神くんをちらっと見た。
「山田さんの場合は、保護者さんが修学旅行のキャンセルはしないとおっしゃっていて」
「そんな」
お母さんのことだ、たとえ半日仕事を潰されたとしても、私が修旅に行っている間は、自由に自分の時間を使えると踏んだのだろう。仕事にも、私生活にも。あの女はそういう女だ。親子で私生活も何もないけれど。
「あの、私一人ではダメなんですか。一人で行けると思うんですけど」
「それ旅行会社さんにも学校にも一応聞いたけど、ダメだって」
お母さんと?北海道まで? 地獄すぎる。
「あの、先生、間に合わなかった場合、先生に送ってもらうことってできないですか!?」
「えっ俺? いやあ、そこまでの交通費もらってないし」
そこまでの義理もないし、という心の声の続きが聞こえたようだった。でも、私のほうだって切羽詰まっている。
「費用なら私が払います!!」
「えー……」
私の急な要求のせいか、桜井先生はすっかり素が出ていた。先生は断る理由をなんとか探している。
「それだけじゃないよ。中学生とはいえ、さすがに女生徒と二人きりで長距離は無理」
その言い方に、断られたうえ、お前は子どもだと正面から言われている感じがしてイラッとしたが、今はそんなことで萎んでいる場合じゃない。
「樹神くんも一緒だったらいいんですか?」
「えっ僕? 急に振ってこないでよ山田さん」
「樹神くんもいっしょかあ……」
先生は少し考えている。ここに突破口があると思った。なぜだか知らないが、先生は樹神くんを修学旅行に参加させたがっているように見えた。まあ、私と違って、樹神くんは優等生だし、なんたって生徒会長だもんね。樹神くんが寝坊して参加できないなんて事実に、障りがあるんだろう。
さらにいうと、この先生、おそらく教師歴が浅い。ふつうなら生徒がごちゃごちゃ言ってきたって、ダメなものはダメでおしまいなのだ。決まりは決まり。同じ土俵に立ってはいけない。理由も言ってはいけない。理由を言うから解決策を提案されてしまう。でも新任教員は生徒の声にいちいち耳を傾けがちだ。
他の先生なら無理だけど、桜井先生ならいけそうな気がした。
「とりあえず大宮から乗るのに全力でいって、ダメだったら校長先生にちょっと聞いてみます」
そう言って桜井先生はアクセルを踏み込んだ。




