4 山田さんち
「先生、結婚してるよ?」
つい余計なことを言ってしまった。でも言わずにはいられなかった。山田さんに興味があるわけではない。むしろ逆。寝坊してさっき起きただろう山田さんは、あの短時間で髪を美しく整え、ちゃっかりメイクまでしていて、僕はその女っぽさが苦手だった。
結婚している相手に何かしらの感情や目標を持つのは、不幸の始まりだ。これには私情も入っているな?と思わないでは無いけれど、悪い芽は早いうちに摘んでおかないと。
そんな使命感にかられて僕は山田さんに忠告した。
「全然そういうのじゃないから」
山田さんはそう嘯いて「あの、これ前に座るの?後ろに座るの?」と聞いてきた。
女子と隣に座るのは嫌だけど、山田さんを桜井先生の助手席に座らせるのは少し危ない気がした。僕は最初から決まっていたように言う。
「後部座席だそうです」
僕がさっき後ろに乗ったのは桜井先生に「この後も乗る人が来ますから」と言われたからだった。他の引率教員でも乗ってくるのかと思ったから、僕は助手席を空けて後ろに回った。でも駅に向かうメンバーは桜井先生と僕と山田さんの3人だけのようだった。
「後ろだと、なんかタクシーみたいになっちゃって失礼じゃない?」
盛大に遅刻したくせに、それでずいぶん周囲にも迷惑をかけているくせに、山田さんは今、しごくどうでもいい乗車マナーに気遣いを見せる。
「じゃあ僕が前に座ります」
「えー、私も助手席が良かったかも。酔うから」
絶対酔わないだろ、と思いながら、用意周到な僕はトラベルミンのグレープ味を山田さんに分けてあげた。山田さんはぐうの音も出ない。僕だって、ほんの数日前までは修学旅行に行くつもりで生きていたから、制服のポケットには小分けしたトラベルミンが入っていた。
僕こそ、乗り物には酔いやすいタチだった。なのにお父さんはよく海外に連れて行ってくれたっけ。ずいぶん長いフライトで。
「じゃあ出発するよー」
桜井先生は外界と遮断された車の中では言葉が崩れた。さっきもそうだった。しかし、今はいけない。そのカジュアルさは山田さんを惹きつける。
「ハイ!」
「はは、元気いいね」
ゲンキンなもので、山田さんは先生のテンションが乗り移っている。きっと彼女は後部座席から、車を運転する大人の男の後ろ姿を盗み見ているに違いない。
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