50 特急北斗(2)(山田さん)
(前エピソードで抜けていた分です。後ほど削除します。長い前書きですみません)
「山田さん行きましょうか。そろそろバス移動が始まるので」
昼食を取った後、簡単に自由行動の発表会がホテルであった。それの終わり頃に合流する予定になっていた。
私は桜井先生と駅を出る。函館ライナーはもう発車した頃だろうか。足取り重く、のろのろと桜井先生の後をついていく。
桜井先生はすたすたと前を歩いている。私と先生の距離が開きすぎて、ときどき先生が振り返って立ち止まる。
やっぱり、あんなふうに、誤魔化されたままお別れなのは納得いかない。私は踵を返して駅に走った。
「山田さーーん!?」
先生が気づいた時にはもう、先生の声が遠くなっていた。私は全力で函館駅まで戻る。改札に辿り着いたときには、函館ライナーはもう見えない。
「すみません、あの、さっき止まっていた、函館ライナーって」
「すでに発車しています」
呆然とする私に、駅の係員さんが声をかけた。
「お客様は、新函館北斗駅ですか? 何時の新幹線ですか? それでしたら次の特急北斗でも間に合いますよ? ちょうど接続する時刻表になっているんで」
「の、乗ります」
「特急料金がかかりますが、よろしいでしょうか」
「はい」
手元にあったICカードで決済するとけっこうな金額を抜かれた。数分しか変わらないのにすごい金額差だなと思ったが、背に腹は変えられない。
特急北斗が入線するのを待とうと、私はすぐに改札を入る。追いついた桜井先生が改札の外から「ちょっと、山田さん!?」と呼びかける声が聞こえた。
◇
座席指定の車両を確認して、その待機位置までホームを進む。次は五稜郭駅でその次が新幹線の駅。2駅でさほど所要時間も変わらないのに特急料金が加算されて1320円もした。だから少し早くてもみんな1本前の函館ライナーに乗ったんだ。
ホームで入線を待っていると、桜井先生に追いつかれた。早足でこちらへ向かってくる。
「山田さん!!」
先生は珍しく慌てていた。
「急に動き変えるの怖いよ! 相談して」
「プライベートなことなので」
「いや一応これ学校行事だから!」
「なんか先生みたいですね」
「先生だよ!」
お小言をもらっていると、特急北斗の到着を知らせるアナウンスが入る。
桜井先生はすぐにどこかに電話をかける。朝日奈先生が具合が悪くなって、などと言っている。電話が終わる頃にちょうど特急がふぁーーっと姿を現して、最後の減速をしていく。
座席番号を確認し、指定の席についた。桜井先生は私の席と通路を挟んで反対側に座った。
「これ全席指定じゃん?」
「はい」
そうなんだ、と思った。特急券だけじゃなくて指定席代も入っているのか。2駅なのに。
「とりあえず追いかけて、不足分は車内で支払おうとも考えたんだけど。万が一があるから、思い直して先に特急券買ったんだけどね、窓口で」
「はい」
「さっきの女の子の隣の席で、って言ったら俺、不審者扱いされちゃって」
「はっははははは」
「笑い事じゃないよ〜」
「は……すみません」
「警察呼ばれかけて、追いつけないかと思った」
桜井先生は通路越しに私を見て、ふうと息を吐き、大きく肩を下げた。
「心配させないでください」
「すみません」
「たまたま調子いい便があって良かったけど。無謀すぎない?」
「おっしゃる通りです」
桜井先生が私をじっと見てくる。
「はやぶさ追いかけて、どうする気?」
「……」
「見送り入場しても、ホーム移動で10分くらいはかかったよね。すると話せても5分か10分かな。樹神くん、何号車だったけ。すぐ見つかるかなあ」
桜井先生はスマホで樹神くんのチケットの確認を始める。
「乗ろうかなと」
「えっ乗るの!?」
「はい」
桜井先生の切れ長も目が大きく見開かれる。
「東京駅まではさすがに無理だよ」
「どこまでならいいんですか」
「……新青森」
「じゃあ新青森で」
まあまあ何でもOKしてくれる桜井先生が、口を歪めて苦い顔をしている。それからまた先生は大きく深呼吸する。そして何やら頭の中で試算している。
「はー、わかった」
「ありがとうございます。すみません」
「いやたぶんもうフェリーもギリギリだから。タクシーで函館港よりか、乗ってちゃった方がいいかも。荷物もうバスに積んである?」
「はい」
「じゃあチケット取っちゃうね。券売機だと混んでたとき乗り遅れるから」
桜井先生はスマホであれこれして「とれたー」と教えてくれた。
「あの、朝日奈先生って具合悪くなったんですか?」
「ああ、あれ? 嘘も方便ってやつ」
顔色ひとつ変えず「朝日奈先生のせいにしちゃおー」などと言って、メールか何かを打っている。こういう悪い感じの桜井先生もまた魅力的で、なんなんだこの人はと思う。
「大丈夫なんですか、そんな濡れ衣みたいなことを」
「朝日奈先生には貸しがあるしー。あの人そもそも今日帰るのだって仮病だよ仮病」
「えっ」
「どうしても行きたいライブがあるんだって。最終公演の」
「はぁ!?」
「それでまた元気に働けるんならいーじゃん」
「ズルすぎる」
私が眉をしかめると、先生はまた通路越しにこちらを覗き込んでくる。顔が少しだけ横に傾いて、長めの髪が頬にかかっている。
「まあ症状はズルだけど、それは元気な人たちからわかり易く理解を得るためで。あの先生もけっこうギリギリだから。ここだけの話にしといて」
そう言って先生は人差し指を唇に当てた。それに見惚れて「はい」と答えるしかなかった。なんなんだあれは。
そうこうしているうちに新函館北斗駅に到着した。
「たしか乗り換え易いように5号車か6号車にしようとして、でも連席がなかったから3号車か4号車にしたはず。駅で買っちゃうとログが残らなくていけないよね」
なんて言いながら、桜井先生は人差し指で自分のおでこをとんとんしながら思い出そうとしている。
オンラインで購入したチケットを改札前で発券して、妙に長い乗り換えルートを足早に移動する。はやぶさはもうホームに入っていた。でも準備中なのかドアは閉まっている。新幹線改札を通って左右を見回すと、左側に桜井くんがいた。
桜井くんはぼーっと新幹線のホームドアが開くのを待っていた。私は彼に気づいてほしいのかほしくないのかよくわからない。声をかけずに少しずつ近づく。
周りにそんなにお客さんがいなかったから、気配で樹神くんがこちらを見た。
「山田さん!?」
隣に立っていた朝日奈先生も顔を上げる。
「桜井先生!?」
「山田さん、なんでここに」
「話があるんで。朝日奈先生、ひと駅だけ席変わってもらっていいですか」
私はさっき発券してもらったばかりの、新青森までのチケットをひらひらさせて二人に見せた。




