49 特急北斗
逃げられた。
あれは絶対に私が何を言うか気づいていた。私は樹神くんに告白しようとした。気持ちを伝えたら、言い逃げしようと思っていた。言うだけ言って、返事とか要らないんでって、それでお別れして。
なのに、向こうからシャットダウンされたんだけど!
言い逃げなんて許さない、負担だけ強いて自分だけスッキリするなんて。そう思われたんだろうか。
加賀谷さんの告白を盗み聞きしたとき、私は一目散に逃げ出した。あれの心象が悪かったのだろうか。逃げる前に逃げられて、私の気持ちは宙を舞う。
口をぽかんと開けて、立ち去る樹神くんの背中を目で追っていると、急に声をかけられた。
「や、山田さん……?」
うちの担任だった。クラス担任の朝日奈先生だ。クラスの女子から嫌われているそうだが、私は嫌うほどこの先生と関わりが無かった。
「あ、こんにちは」
こんにちは、だなんて私も気が利かないが、おはようございます、の時間じゃないし、先生相手にお疲れ様です、も変だしなあ。こういうときの挨拶の仕方がわからない。
「今の、樹神くんですか」
「はい」
「なんで二人でいるんです?」
「ええっと」
昨日、五稜郭に行けてなくてそれで、などと説明しようとしたら、なんでの意味が違った。
「付き合ってるんですか」
「いいえ、違います」
「ですよね」
そう言って薄笑いされた。
ですよね、ってなんだ。それはそれでカチンとくるものがある。付き合ってないけど。担任はさらに会話を進める。
「特進時代に交流あったんですか」
特進落ちした生徒にこの質問は酷すぎる。「は?」と思ったけど、私はなるべく心を鎮めて、それに答えようとした。
「いえ、樹神くんは選抜クラスなので……」
「ああ、同じ特進でも、差ありますもんね」
なんなんだこの先生。
私はただ、樹神くんは選抜クラスなので階が違うから交流はない……と言おうとしたのに。
この先生にみんなが反発する気持ちがわかった。いちいちの反応が嫌な感じ。そんなことすら気づかず、自分のことで精一杯なまま、私は半年あのクラスにいたんだ。特進落ちとか関係なく、自分が浮いている理由を理解した。私はクラスで起こっていた出来事に、気持ちを分かち合っていない。
ひとこと言い返してやろうなんて頭を働かせていたら、桜井先生と樹神くんがエスカレーターから降りてきた。私は開きかけた口を閉じる。
私にはノンデリな発言をかましていた朝日奈先生だが、桜井先生の前では大人しかった。前から在校している朝日奈先生のほうが後輩みたいだった。
先生同士が業務連絡をしている間、樹神くんに話しかけようとし試みるも、まったく目が合わない。無視されているという訳でもない。ごく自然に距離を取られている。
先生たちの話が終わると、樹神くんはさっさと改札を入ってしまった。改札を入ってから樹神くんは振り返る。
「桜井先生、山田さん、ありがとう!」
それから私のほうを見る。ようやく目が合った。
「山田さん、僕、来て良かったよ」
彼は笑って手を振った。爽やかな笑顔を向ける樹神くんにふつふつと気持ちが沸騰する。私の告白は聞かなかったくせに。
私の反応が乏しかったせいか、桜井先生が代わりに大袈裟に手を振り返す。まるで旗でも握っているかのように。
すでに函館ライナーはホームに入っているようだ。行きの函館ライナーではいっしょに写真も撮ったのに。
「山田さん行きましょうか。そろそろバス移動が始まるので」
昼食を取った後、簡単に自由行動の発表会がホテルであった。それの終わり頃に合流する予定になっていた。
私は桜井先生と駅を出る。函館ライナーはもう発車した頃だろうか。足取り重く、のろのろと桜井先生の後をついていく。
桜井先生はすたすたと前を歩いている。私と先生の距離が開きすぎて、ときどき先生が振り返って立ち止まる。
やっぱり、あんなふうに、誤魔化されたままお別れなのは納得いかない。私は踵を返して駅に走った。
「山田さーーん!?」
先生が気づいた時にはもう、先生の声が遠くなっていた。私は全力で函館駅まで戻る。改札に辿り着いたときには、函館ライナーはもう見えない。
「すみません、あの、さっき止まっていた、函館ライナーって」
「すでに発車しています」
呆然とする私に、駅の係員さんが声をかけた。
「お客様は、新函館北斗駅ですか? 何時の新幹線ですか? それでしたら次の特急北斗でも間に合いますよ? ちょうど接続する時刻表になっているんで」
「の、乗ります」
「特急料金がかかりますが、よろしいでしょうか」
「はい」
手元にあったICカードで決済するとけっこうな金額を抜かれた。数分しか変わらないのにすごい金額差だなと思ったが、背に腹は変えられない。
特急北斗が入線するのを待とうと、私はすぐに改札を入る。追いついた桜井先生が改札の外から「ちょっと、山田さん!?」と呼びかける声が聞こえた。
すみません、途中で消えていたので次回でも再掲します。




