↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/50

48 函館ライナー(下り)


 いつもどこかふざけた所のある山田さんが、真っ直ぐにこちらを見ている。


「私」

「うん」


その先を聞きたいと思った。自分は言わないで立ち去ろうとしたくせに。

 なのに、タイミング悪く、僕のポケットの中のスマホが震えた。なんだってこんなときに。


「電話? 出てどうぞ」

「いや」

「朝日奈先生かもしれないし」

「あー……うん」


 僕は誰からかわからない電話をそのままポケットの中で切った。すると留守番電話の録音なのか、メッセージ受信なのかわからないけど、またブブッと1回だけスマホが動いて通知をしてきた。


「確認しなくていいの」

「あー……」


 観念して、スマホをポケットから取り出し、画面を見て、それから僕は吐き気がした。

 時間的にも、朝日奈先生か、桜井先生だと思ったんだ。でも違った。地獄の通知は予定より早くきた。ゴシップのウェブ予告が更新されたそうだ。


「かけ直さなくて平気?」

「うん」


 僕はポケットにスマホをしまい込んだ。俯いて、床と靴の先を見たまま返事をした。


「樹神くん、どうしたの」


 山田さんは心配そうな声だった。僕の右側に影が落ちる。きっと顔を覗き込まれている。でも山田さんの顔を見れなかった。


 どうしたのかって? 言ったら楽になるんだろうか。ただ嫌な気持ちを共有させるだけだと思う。

 それより、さっきから駅構内にいる人たちが、みんな僕のことを見ているような気がしてならなかった。人の目が怖い。


「あの、私」


 そうだった、告白されそうだったんじゃないか。でももう僕はそれを受け取れる余裕が無くなっていた。たとえ好きな女の子でも。山田さんと二人でいることも周りからじろじろと見られているような気になった。


「あの、私、樹神くんのことが」

「ああああああああああ」

「は?」

「ごめん、言わないで」

「え?」

「ちょっと何のことかわからないけど、もう時間なんだ。すぐ行かないといけないみたい。本当にごめん、僕、桜井先生呼んでくる」


 僕は一方的に捲し立てて席を立つ。上りのエスカレーターに向かって小走りに歩く。


「ちょっと!樹神くん!?」


 背中に向かってちょっと大きめの声で名前を呼ばれたけど、聞こえないふりをしてエスカレーターに足をかける。ちょうど2階まで上り切ったところに桜井先生が立っていた。

 僕はきっと情けない顔をしていたと思う。


「出ちゃいました。まだ見出しだけですけど」


 桜井先生は僕の肩に手を回してきて、下りのエスカレーターでいっしょに降りる。


「いつもは夜らしいんですけど。なんか今日は早かったみたいで」


 桜井先生は何も言わず、僕に寄り添ってくれている。


「すみません、もう改札の中に入っていいですか」

「うん」


 桜井先生は僕の肩をとんとんする。


「ラーメン美味しかったですか」

「うん」

「僕も食べたかったな」

「連れてきてあげるよ」

「本当に?」

「うん約束。俺、まだ五島軒も行ってないし。ラッキーピエロも行けてないし。ホテル決まってたから朝市も」

「函館グルメって選択肢多いですよね……」

「じゃあ樹神くんの受験終わったらね、計画しよ」


 そう言ってウインクされた。桜井先生は漫画みたいにしょっちゅうウインクを投げてくる。無意識でアイドルに仕上がっていて笑ってしまった。それから桜井先生から挙げられた美味しいものを頭に思い浮かべているうち、心が少し落ちついてきた。

 そうだ、まだ食べていない美味しいものがたくさんある。五稜郭の前にあった回転寿司も行きたいし。まだまだやりたいことがたくさんあるんだった。


 エスカレーターのいちばん下までくると、降りた先に、山田さんと、それから横に朝日奈先生が立っていた。朝日奈先生は僕よりも顔面蒼白だった。線の細い若い男性教員で、担当教科はなんだったっけ。山田さんのほうは見ないようにしたから、表情はわからない。


 朝日奈先生と桜井先生が挨拶をして、それから事務連絡を始める。手持ち無沙汰な僕は、その会話に入る必要はないのに、なんとなく先生2人の会話に相づちなんかを打っている。


「ではお早めに改札へお入りください」


 桜井先生がそう言って、朝日奈先生はぺこぺことお辞儀をしながら改札を通る。どっちが新任教員なんだかわからないな。僕も朝日奈先生に続いて改札へ入る。改札の扉が閉まってから振り返る。


「桜井先生、山田さん、ありがとう!」


 山田さんが呆然とした顔で僕を見ている。


「山田さん、僕、来て良かったよ」


 そう言って笑って手を振った。山田さんは手を振り返してくれなかった。


 函館ライナーはすでにホームに入っていた。電車のドアが閉まっていたから朝日奈先生がオロオロしていた。


「これボタンで開けるみたいです」


 腕を伸ばして開閉ボタンを押し込むとドアが開いた。そしてまた閉めるボタンを押す。


「はあこんな仕組みに。よく知っていますね」

「行きも乗ったので。先生たちは新函館北斗から観光バスですもんね」


 僕と朝日奈先生は自由席の適当な場所に座る。本当はこんなに急いで乗り込まなくても良かったのだけど、桜井先生も僕に合わせてくれた。


 朝日奈先生のことはよく知らないが、かえってそれが気楽だった。生徒から授業妨害を受けてメンタルをやられたと聞く。大人しくはあるけれど、見る限り、普通の先生のように見えた。


 僕は改めて先生に挨拶をし、同行のお礼を言葉にする。すると、朝日奈先生は、気をよくしたのか、上擦った声で話しかけてきた。


「ちらっと聞いたんだけど」


 その先生は、多少の好奇心を含んだ声で僕に聞いてくる。


「樹神くん、お父さんが週刊誌に載っちゃうんだって?」


 前言撤回。そういうところなんじゃないですか……と僕は思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。