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46 函館駅構内


 山田さんは僕のことが好きなんじゃなかったの。

 

 僕は目の前の女子をじっと見る。回転寿司のお店で、山田さんは桜井先生にLINEしていいか聞いていた。


「桜井先生、この電話番号でLINEできますか」

「女の子はだめ」

「えー」

「なんかあったら樹神くんに頼んで。それかふつうに電話かけて」


 桜井先生は相手が中学生でもそういうのちゃんと断っててえらい。

 山田さんが今度は僕のほうを見たから、頷いた。そうだよ、ふつう、既婚者はそのくらい警戒していい、というかするべきだ。とたんに山田さんは苦々しい顔をする。

 なにその顔。僕に連絡するのが嫌なんだろうか。そう思って僕も渋い顔になっていたようだ。山田さんは取り繕うように補足する。


「いや樹神くんのことじゃなくて。私、電話がすごく苦手で」


 桜井先生が大きく頷く。


「あー、最近の子ってそうだよね」

「僕もそんな得意じゃないです」

「俺もー」


 何を言ってるんだか。桜井先生が流れるように電話口で喋ってるのを僕は何回か聞いている。


「先生、学校説明会出たってことは入試も担当するんですか」

「ううん、問題作るのは別の先生たちだよ、ベテランの。俺は広報だって」

「広報」

「広報なんですか? ハマり過ぎてて逆にちょっと嫌です」

「何それ、一応これでも広報部長代行なんだけど」

「代行? うちの広報部長って誰でしたっけ」

「いないよ」

「じゃあ一体、誰を代行してるんですか」

「はは、俺もそう思う」


 桜井先生はおかしそうに笑った。


「教員の試用期間ってすごく長いんだよ、その間は代行扱いみたい。実務的には俺が広報部長なのに代行なの、けっこう大変なのに」


 そうやって愚痴ってみせてしょんぼりして、でもイカのお寿司をつまんだら桜井先生はまた元気になった。しかし、試用期間だというのに、こんな好き勝手に行動していて桜井先生は大丈夫なんだろうか。心配になる。

 桜井先生が手首を少し捻って腕時計を見た。


「そろそろ時間だね」

「あ……はい」

「朝日奈先生、待たせちゃうといけないから。ここは出て、駅で時間つぶそう」


 朝日奈先生は2組の担任だ。たまたま体調が悪くなって東京に戻ることになったから、僕を引率してくれるらしい。

 だから予定していたよりも早い帰路になった。もう少しみんなといたかったなという気もするし、帰りも桜井先生がいっしょに帰ってくれるのだとばかり思っていた。1泊はやはり短い。


 桜井先生が2組に内定したという噂も聞いた。このまま2組の担任は入れ替わるのだろうか。それなら、多少の無茶があっても桜井先生が解雇されることはないだろう。だって人手が足りないのだから。

 担任がいないなら、副担任の負荷は担任と変わらない。広報も部長代行だし、桜井先生の仕事は見かけの役職より大変そうだ。


 桜井先生がお会計をしている間、無言で山田さんと外で待つ。もうすぐお別れだから何か話そうと思うけど、言葉が出てこなかった。

 山田さんはさっきから前髪をいじっている。これはなんだっけ、気がある証拠なんだっけ。でも桜井先生もいるしなあ。


「おまたせ」

「ごちそうさまでした」

「いや君たちの家に請求するから!」

「そうでした」

「おうちの方によくお礼を言ってね」


 そう言われて、山田さんは変な顔になった。僕らは3人で駅まで歩く。なんとなく桜井先生と僕がしゃべって、山田さんは聞いているだけになった。


 駅につくと桜井先生から切符を受け取って、僕は待合スペースの長椅子に座った。山田さんも隣に座る。すると桜井先生はスマホを見ながら「朝日奈先生もう少しかかるみたい」と言った。僕はうなずく。


「俺、2階でラーメン食べてくる」

「えっ」

「樹神くんも食べる? 塩ラーメンみたいだよ」

「いえ……」

「山田さんは?」

「お寿司で満腹なので大丈夫です」

「じゃあ、ちょっとだけ行ってくるね。並んでないし、すぐだと思うから!」

「はあ……」


 2階へ続くエレベーターに乗る桜井先生の背中を二人で見上げた。僕は呆気に取られて、山田さんに話しかける。


「自由すぎない?」

「そもそもよく入るなと思った。まだ入るのか?って」

「だよね、先生けっこうお皿の枚数積んでたのに」

「でも、私もラーメン食べたかったかも」

「山田さん、今からでも行ってきたら?」

「いや、もう入らない。今のはラーメンの余地を残しておけば良かったっていう後悔」


 山田さんは手のひらを椅子の上に置いて、体の支えにしている。足はちょっとぶらついていた。そういう少し子どもっぽい動きに笑ってしまう。

 ふっと声をもらして僕が笑ったせいか、山田さんがこちらを見てきた。そこに熱があるのか読めないなと思っていると、予測していなかった質問をされた。


「樹神くん、今まで好きな人いたことある?」


 二つの目がじっと僕を見ていた。



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