41 路面電車
ホテル裏の駐車場で皆が点呼を受けている。これから解散して昼食後まで自由行動だ。私の班は確かベイエリアのほうへ行く。個人的には旧公会堂なんかを見たかったから、とくに班行動に参加できなくても残念な気持ちはない。それに同じ班には加賀谷さんがいる。
時間が経てば平気になるような気もするけど、昨日の今日ではまだ挙動不審になる自信しか無かった。
「今のうちに市電の駅まで行っちゃおう」
ホテルの中から、遠目にガラスの外を見ていた私に、桜井先生が声をかける。隣には樹神くんもいた。樹神くんは行きと同じく学校指定のリュックを背負っている。
「樹神くん、かばん預ける?」
「いえ、そんなに中身入ってないので、持っていきます。戻らなければ、ぎりぎりまで時間使えますし」
私も学校指定のリュックだけれど、そうか樹神くんはあれに全部入ってるんだ。
「あとこれ、渡しておくね。山田さんはホテルに帰る前にまた回収するね」
桜井先生はスマホを2台、私たちに差し出す。それを受け取って、3人でホテルから市電の駅まで歩いていく。
「市電って路面電車なんですね」
「そうか昨日いなかったもんね」
「あれ、事前のグループワークでやらなかったっけ」
「すみませんきちんと見て無かったかもです」
こんなに修学旅行が楽しくなるとは思わなかったから。事前の調べ学習を、もっとちゃんとやっておくんだったと後悔する。
桜井先生は私の予習不足を気にすることなく、浮かれた感じで話しかけてくる。
「山田さん、勝手にお昼ここがいいかなってとこ当たりつけちゃったんだけど、海鮮へいき?」
「山田さんはなんでも食べられますよ」
「はは、なんで樹神くんが自慢げなの」
桜井先生が樹神くんに軽くもたれるようにぶつかる。男子ってなんですぐくっつくんだろう、先生になってもそういう習性は残るのかな。
「なんでも食べられます。海鮮丼とかですか」
「回転寿司です」
「回転寿司!行ったことないです!行ってみたいです!!」
「ここにも初心者いた」
桜井先生は愉快そうにしていたが、急に真剣な面持ちになる。
「一応言っておくけど、最近の回転寿司はあんまり回転しないよ」
「えっ」
「多少は回ってるけど、それもお寿司以外が回ってたり」
「へー」
「お寿司以外?一体何が」
「はじめてならそれもお楽しみだね」
回転寿司の話をしているうちに駅につく。駅といってもバス停のようなシンプルな作りだった。そこから伸びる線路が道路に流線を描いている。しばらくすると可愛い2両編成がきた。意外と小さい。
函館駅に近いからか、東京ほどではないけれど、市電は混雑していた。ふらふらしないように金属の棒を掴むけれど、ときどき樹神くんの制服に軽く腕が触れる。私は樹神くんの表情を盗み見る。
「らっぴ、ってなんだろ。ラッキーピエロかな?」
樹神くんはちょうど流れたアナウンスに耳を澄ませていた。意識しているのは私だけだった。桜井先生も放送にウケている。
「らっぴで通じる前提なの面白いよね」
「僕、法被の発音でらっぴが落ち着くんですけど、ハッピーでらっぴでしたね」
「え、樹神くんなんて? ごめんもう1回言って」
何ともない感じでラッキーピエロの話で盛り上がっているのが悔しくて、私は少しだけ踏ん張るのをやめた。ずっと樹神くんに体が当たらないよう物理運動を帳消しにするのに必死だった。
路面電車が駅に入って減速で揺れたとき、さっきより少しだけ強く樹神くんに腕がぶつかった。




