37 シマエナガ
樹神くん好きな人いたんだ。
ずっと気になってて、それで好きと自覚した女の子が。
クラスの子? 同じ学校? それとも他校? 塾がどうとか言っていたもんね。
ああ、だから函館にいっしょに行くの渋ってたのかも。桜井先生もいるとはいえ、女子と1対1で移動なんて。その子に知られたくないよね。
ぐらぐらする足元は不安定で転びそうになった。じきに下山の集合時刻になり、同じ制服のみんながクラスごとにロープウェイの列に加わっていく。
クラスの列は班ごとじゃなくて良かったから、私は加賀谷さんから離れた位置に並んだ。加賀谷さんはすごいなあ、自分の気持ちを伝えられて。私は恐れをなして逃亡した。
みんなから見えている場面では、樹神くんが誘って、加賀谷さんを人気のない場所へ連れて行ったから、樹神くんの好きな人は加賀谷さんだった、ということになった。加賀谷さんはわざわざそれを否定しなかった。それはそうだ。さらに展望デッキへ戻って来た後、たまたま出くわした加賀谷さんと樹神くんはよそよそしかったから、みんなの推理で、樹神くんが振られた、というオチになった。
「じゃあ、夕食の時の山田さんはなんだったの?」
別のクラスの人たちが噂していた。
私の顔なんて、生徒会長の樹神くんや、ピアノ伴奏で活躍している加賀谷さんに比べれば、認知率は低かった。列はくねくねと折れ曲がって進んでいたから、まさか本人が近くにいると思わなかったんだろう。
私の前後に並んでいる同じクラスの女子がいたたまれない様子でいる。気を遣わせてすみません。
私はずっと浮かない顔をしていたから、きっとクラスの子たちにも、樹神くんに振られたと思われている。行きのバスでビリビリしていたのが嘘のように眼差しが同情的だった。
下山のロープウェイに乗車する。眼下にある函館の夜景は、ちらちらと暗い私に向かって光を放ってくる。行きはあんなにワクワクしていたのに。同じ景色を見ているはずなのに、物悲しくて仕方ない。
麓の駐車場にバスがすでに待機していた。私は1号車に向かったが、その前にちょっと立ち寄ってバスの横に立っていた2号車の運転手さんに挨拶をした。
「さっき、ありがとうございました」
「大丈夫でした?」
「はい」
「桜井先生からね、気がかりなことがあったら、後から気づいたことでもいいので連絡くださいって言われてて。このクラス、ヤンチャだからって」
私はまた目が潤んでしまった。
「サーセンでした!」
いつの間にか土岐くんも背後にいた。運転手さんは苦笑いする。
私は土岐くんに尋ねる。
「あれ、そういえば2組の担任は」
「朝、東京駅にはいたけど。桜井先生くるなら交代したのかな。函館に来てるのかはわからない」
土岐くんと1号車の後ろのほうに乗り込む。
「奈須野まだ来てないな」
座席に腰を下ろすと土岐くんが握った手を出した。
「はい、これ」
手のひらをお皿みたいにしてそれを受け取る。ころんと落ちて来たのは、小さいシマエナガのマスコットだった。ふわふわしてるし、とにかく顔がきゅるんとしていて可愛い。
「樹神くんから」
私はまた目に涙が溜まる。今日は涙腺が緩い。
「気にしないで、だって。樹神くんそれふたつ買ってたよ。俺は見た」
好きな子へのお土産だったのかな。どうしよう、その子とお揃いになってしまう。
見知らぬ誰かとお揃いの白いふわふわを、私は複雑な気持ちで優しく撫でた。




