36 漁火公園(2)
加賀谷さんが視界からいなくなって、自然とため息が漏れた。疲れた。それが率直な感想だった。
脱力していると、突然、大きなくしゃみが聞こえた。背後の植え込みからだ。誰か近くにいた? ただの知らない観光客かもしれない。でも、もしも学校の人だったら。念のためだ、そう思って植え込みの反対側へ回り込んだ。僕は目を見開く。
そこには小さくなって座っている山田さんがいた。その横には土岐くんだ。
「え」
「はは……は」
「聞いてた?」
「ごめん」
「え、えーー……」
「樹神くん好きな人いたんだね」
「うん……」
それは君のことなんだけどって、すかさず言えば良かったんだろうか。
「ごめん、今日いっしょに居過ぎたかも。その人に誤解させちゃうよね。次から気をつける」
そう言って山田さんは脱兎のごとくその場から消えた。しゃがんでいた土岐くんが立ち上がる。
「追いかけないの?」
「……土岐くんが連れてきたの?」
「ううん、山田さんが1人でこそこそやってたから声かけた」
「山田さんが自分で?」
「そうそう」
僕は思い至ったその可能性に胸が熱くなる。
「山田さんって僕のこと好きなのかな?」
「そうじゃない? 知らんけど」
もう一度、土岐くんが同じことを言う。
「追いかけないの?」
「うん」
「勘違いしてない? あの人」
「うん……でもそのままのほうがいいと思うから」
「えーなんで?ゴカイじゃん」
土岐くんには、言ってもいいかなと思った。
「僕、転校するんだ」
「え、マジで?」
「マジです」
土岐くんは目を丸くしてる。
「山田さんは知ってんの?」
「うん」
「そうかあ……まあ確かに今すぐ付き合って環境違いですれ違って速攻別れるより、次に再会したときに改めて盛り上がって仲良くなるほうがいいね」
「いや、そこまで計画してないけど」
僕は土岐くんの先々までのプランに笑ってしまった。
「でも付き合うとかは別として、一応伝えたほうがいいんじゃない?」
「僕ちょっと爆弾かかえていて」
「何? ガラスのひざ?」
「土岐くんは面白いね」
よく言われる、と土岐くんは自慢げだった。
「山田さんが全然気にしないから、意識して欲しくて気持ちを言いたくなったんだけど。山田さんもそうならそっとしておきたい」
「よくわかんないな?」
僕はふわふわする頭で、土岐くんに図々しい質問をする。
「ねえ、土岐くんから見て山田さんってどんな感じで僕のこと好きそうだった?」
「まずここに尾行している時点でそうだろ。ゴシップ好きとかそういう感じじゃないじゃん」
「他にある?」
「そもそも男子と喋ってるのがレア、ていうか女子とも業務連絡だけって感じ。2年まではどうだか知らないけど」
「他には?」
「欲しがるねぇ……樹神くんには赤くなったり」
「それは桜井先生にもあるよ」
「あったね」
「もっと決定的なのない?」
土岐くんはちょっと困った顔をして、でも簡単に口を割った。あとで聞いたら「これは言ったほうがいい場面だと、俺の野生の勘が働いた」とのことだった。
「あーー、俺が言ったって言わないでね」
「うん」
「山田さん本人が言ってた」
「どんな風に?」
「樹神くんと付き合ってるの?って聞いたら、私が一方的に好きなだけだから、って」
僕は目を閉じる。
「何してんの」
「味わってるの」
「ははははは! 樹神くん面白い」
「これだけで生きていける気がする」
「そんな大袈裟な」
「ほんとだよ」
僕は土岐くんにお願いをする。
「土岐くん、山田さんのことよろしくね」
「え、何それ」
土岐くんが訝しそうに僕を見る。
好きになった子が僕を好きだった。
土岐くんには本当に感謝している。あのとき土岐くんが軽く口を滑らしてくれたおかげで、ぜんぶ投げ出したくなったときも、人生いいこともあったじゃんって、なんとか這い出すことができたんだ。




