31 百万ドルの夜景
「運転手さんが座れなくて困ってる女の子がいたって連絡くれました」
いじめとは言い切れない、でもあのとき私はすごく嫌な雰囲気に閉じ込められて、とても居心地が悪かった。その後、なんだかんだ土岐くんとは喋っちゃったし、きっとみんなには結局楽しんでるんじゃんって思われて終わった。
でもそれが無かったことにならなかったのは、胸に込み上げるものがあった。
「じゃあ少し時間ずらして、4人で次の便に乗りましょうか。土岐くんのことも知りたいので」
◇
この時間、ロープウェイの上りはだいぶお客さんが捌けていた。下りは1時間待ちらしい。
ロープウェイの乗車列に並んでいるとき、土岐くんが切り出した。
「俺には夢があるんです」
その台詞に、私は咽込んだ。まさか、あれを言うつもり?
「え、キング牧師?」
「君ら、おんなじこと言うんだな?」
樹神くんが聞き返すと、土岐くんは軽く笑った。
桜井先生もいるから、私に言ったよりかはもう少しロマンチックな言い方で、土岐くんはいろんな女の子と付き合いたいという夢を語った。
「恋多き男なんですね、土岐くんは」
「桜井先生はどうだったんですか」
先生は首を傾げながら何かを思い出すように言った。
「多いかな?」
それを聞いて私はボッと顔が赤くなってしまった。奥さんに一途なエピソードしか聞いてなかったから、まさかの回答だった。
土岐くんのほうは、ものすごく嬉しそうだった。
「うわ、それ、くわしく聞いてもいいですか?」
「卒業したらね」
「えーー待てないっす」
土岐くんはあっという間に桜井先生に懐いてしまった。そもそも彼の人生の目標がモテであって、目の前の桜井先生は明らかにモテそうだったから、信望するまでそう時間はかからなかった。
「土岐くんはあれだね、意外と『100万回生きたねこ』みたいになりそうだね」
「なんですかそれ」
「モテる猫の話だよ。絵本だけど、今度読んでみなよ」
「読んでみます」
土岐くんはポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出して『100万回生きたねこ』『モテるねこの話』と書き込んでいた。
意外と真面目で素直なところがあるんだなと思った。だいぶほぐれたところで、今度は桜井先生が土岐くんに切り出した。
「バスの席だけど」
「えー、やっぱその話ですか」
土岐くんはちらっと樹神くんを見た。
「席を変えることは相手にOKもらった?」
「もらってないです」
「何か理由があった?」
「理由は言えないです」
「そう。でもまあ何か事情はあったんだね」
「先生……」
「帰りどうする?」
「うーん、勝手に席変えて怒られたって言って。1号車のほう行けますか」
「それがいいかもね」
土岐くんと桜井先生の、謎の会話をBGMにロープウェイはぐんぐん上がっていく。眼下に広がる街の灯りがゆらゆらしている。
桜井先生が上手いこと諭してくれるような気がして、私はもう気重ではなかった。帰りのバスも。
私は樹神くんと呑気に夜景を見ている。
「きれいだね」
「うんすごい。でもあんまりギラギラしてないね」
「LEDだからとか?」
「はは、あるかも」
上品なクリスマスツリーみたいな夜景だった。人口減少の影響もありそうだけど、それを口に出して言うのは野暮ってものだ。
「これ上に行ったら、僕は自分のクラスに戻るね」
「うん、わかった。なんとか合流できるといいね」
「はは、別に逸れてないよ」
「そうなの?」
「うん、僕もズルした」
樹神くんは笑っていた。
ズルしたんだ! かわいい!
その後、しばらく黙って夜景を見ていたのだけど樹神くんはゆっくりと口を開いた。
「加賀谷さんって仲良い?」
「2組の? あんまり喋ったことないけど、修旅の班が同じだよ」
「そうなんだ」
「どうかした?」
「ううん、あー、じゃあ土岐くんは? 仲良いの?」
「いや、とくに」
「はは! これから仲良くなるんじゃない?」
なんでそんなこと言うの……と思いながら樹神くんを見たけど、そのあとは目が合わなかった。




