29 函館山
修学旅行の定刻組は、新函館北斗駅からチャーターした観光バスに乗り換えている。それ以降はバス移動で、ホテルから函館山へ行くのもそのバスだ。
土岐くんはバスの席替えを決行した。
バスに乗り込むと、私の席には奈須野くんが座っていた。班の女の子からは、
「土岐くんと奈須野くんに頼まれたから。席変わってあげて」
と抑揚のない声で言われた。バスの中で席に空きがあるのは、土岐くんの隣だけだった。
バスの運転手さんから「お座りくださーい」と言われて座るしか無かった、土岐くんの横に。
◇
「山田さん、どうしたの? 酔った?」
隣の席から土岐くんが顔を覗き込んでくる。
「許さない」
「えー」
「班の子めっちゃこわかった。私、この後も班の部屋で過ごすのに。明日以降も、5日間ずっと!」
「ごめんて」
全然、悪びれた様子もなく土岐くんがヘラヘラと謝る。
「じゃあ、帰りのバスは俺が奈須野と変わるから。班の子の機嫌とっとくから、許してよ」
「そんなの焼け石に水だよ」
「それどういう意味?」
「ほんとに入試で正規合格してる!?」
「ひっど、そういうのって特進ツッコミなの?」
「特進いじりやめて。ほんと抉られるから」
「はーい」
土岐くんは少しだけ大人しくなるが、またすぐに喋り出した。
「樹神くんとはさ」
「名前出さないで!」
私は土岐くんに顔を近づけて、ヒソヒソ声で、でもけっこう強めに言った。
「あ、うん、ごめん」
土岐くんは珍しく少し怯んで謝った。
「ええと、その人とはいつの間に仲良くなったの」
「え?修学旅行でだけど」
「そうなの?今日?」
「うん」
「修旅マジックすげぇ」
修旅の魔法だと括られて、内心イラっとしたけど実際そうだった。あれこれハプニングが重ならなければここまで関わることもない相手だった。この旅行が終わったら魔法は解けてしまうんだろうか。
「山田さんのどこを気に入ったのかな」
「知らないよ。それに気に入られたとか無いし」
「そう? 俺、その人が女の子といるところ初めて見たけど。そういうの興味ない人なのかと思ってた」
「そうなんだ」
それを聞いてちょっとくすぐったい気持ちになる。
「あれ? 前からずっと見てました系じゃないの」
「いや生徒会長だなーとしか」
「はは、山田さん自分で言ってるじゃん、生徒会長は言っていいわけ」
「だめだね……」
私は聞かれてないか周りをみる。でも土岐くんの席の近くは男子ばっかりで、それぞれ違う話題で盛り上がっていて、みな気にしている様子は無かった。
「夕食もいっしょに食べてたでしょ」
「見てたの!?」
「山田さん、2組の終わり時間くらいに行ったでしょ。いっしょに食べる人いるのかなーと思って俺、戻ったんだよ」
「え、土岐くんって意外と優しいんだね」
「うん」
「否定しないの面白い」
「はは。でも、あの人が山田さんを引き留めてて映画みたいだった。それで、俺要らんなーと思ってまた奈須野たちんとこ帰った」
それを聞いて、私は顔に全身の血が集まった。
「ははは、真っ赤になってる。けっこうみんなガン見だったよ。なんかいちゃいちゃしてるなーって」
私はさらに首の上へ血が集まり、口がぱくぱくしてしまって声が出ない。それを見て土岐くんは悪い顔をした。
「好きなら急いだほうがいいよ」
「な、何を」
「あの人、今日、告白されてたよ」
「え……」
「夕食の後かな。今まで誰とも付き合わなそうなイメージだったもんね。でも準備が整ったというか。俺も今日見てて、あの人、恋愛のアップ始めた感じしたもん」
それはわかる。なんか樹神くんって好きとか嫌いとか持ち込んではいけない感じがしていた。言ってみれば博愛の彫像のような。でも私は今日、隙のある樹神くんを見てしまった。
「あとたぶん、山田さんなら勝てると思われてるんじゃない? 山田さんくらいでいいなら自分がって。あ、ごめん」
「いや、忌憚のない分析ありがとう」
私は第三者の存在がすっかり抜け落ちていた。
もし樹神くんの転校が明るみになったらどうなるんだろう。ひっそりと恋心を仕舞う子もいるだろうけど、当たって砕けろの精神を持った子もいると思う。
急いだほうがいいよ、という土岐くんの言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡った。




