26 夕食ビュッフェ(1) (山田さん)
「あれ、山田さんどこ行ってたの? あ、これ鍵です。夕食会場まで持って行ってくれますか」
ちょうど部屋を出ようとしていたクラスメートの女子に敬語を使われながら、私は班の部屋に入った。案内をすると言った旅行社の人も横町さんもどっかに行っちゃったから、私はリュックから修学旅行のしおりを取り出してメモしていた部屋番号を元に館内をうろうろした。
朝からいなかったのに、気づかれていない。新幹線やバスの振り分けが必ずしもクラスに1台ではないせいもあるけれど、私がいるかいないかなんて、さほど問題ではないのだ。気にするのは修旅の実行委員くらいだろう。
誰もいなくなった和室風の部屋で、荷物を整理する。この後、ホールで夕食があって、その後バスで函館山に行くらしい。憂鬱だ。
2組の副担任なら桜井先生も同じバスだ。2組は号車が分かれるはずだから、私と違うバスだといい。桜井先生に、クラスのなかで空気みたいな自分を見られるのはちょっと嫌だった。
修旅のしおりを確認すると、今日の夕食は全クラス合同で宴会場だった。樹神くんもいるのかあ。
私はポーチを取り出して、洗顔をして、もうこのあと函館山に行く頃には日が落ちているというのにUVケアのクリームを下地として薄く塗って、眉にパウダーとマスカラまで施した。携帯用のドライヤーで前髪とフェイスラインを整える。
鏡のなかの自分はまあまあだった。でも大宮駅を出た後に新幹線で下地クリームを落とした時のことを思い出す。私の顔には、大宮にやってくるかもしれない母親に怯えて泣いた跡があった。あんなぐちゃぐちゃな顔でよく樹神くんの横に座っていたな?と今さらながら笑えてきた。
今、私は樹神くんのことばかり気にしている。なのに、当の樹神くんはさっきも私のために桜井先生の動画をもらいに行こうとしていた。
桜井先生は推しだって言ってるのに。年齢差もあるし結婚しているし、奥さんにぞっこんだし、手が届かない相手だ。じゃあ樹神くんは手が届くのか?というとそれはそれで怪しいものがある。
小学校では足の速い男の子と、髪の長い女の子がモテていた。中学に入ると運動部のレギュラーや顔立ちの整っている子が人気になるが、ここは進学校だ。学年が上がるにつれて、成績が良い人間がヒエラルキーの頂点に登り始める。
同じクラスじゃないと同じ大学とかも目指せないしね。選抜組なんて特にね。なんて考えながら、何も始まっていないのに大学の心配までしている自分の夢思考に恥ずかしくなる。
私は考えを振り払って、班の和洋室を出た。
部屋のカードキーを手の中でクルクル回しながら、一人で夕食会場に向かう。
この後、函館山に行く行程上、まだみんな制服のままだったから、ホテル内にいる同じ学校の人はすぐにわかった。
進行方向にたむろしている男子の集団がいる。西中の制服だったが、私は目を合わせずにすたすたと横を通り過ぎる。
「山田さん」
声をかけてきたのは同じクラスの土岐くんだった。いたのか。私は軽く会釈だけして歩くスピードを落とさない。そしたら、土岐くんが男子の集団から離れて私の後をついてきた。なんで。
「なんですか」
「なんで朝いないかったの」
言われて私は足を止めた。
「土岐くん、修旅の実行委員でしたっけ」
「いや?」
土岐くんは質問の意味がわからないというふうに、きょとんとしている。同じ班でもないはずだ。だったらなぜ私がいないと気づいたんだろう。
ちなみに土岐くんの入っている男子班は争奪戦になり、先ほどの横町さんのいる女子班が見事ゲットした。
「体調悪かった? 養護の先生といたの?」
「そんなとこです」
クラスの誰にも気にされていないと思ったから、意外だった。内心、ちょっと嬉しかった。
でもこの人と話しているとめんどくさいことになるのが目に見えているから、さっさと話を切り上げる。2組の女子にも土岐くんファンがいるし、他クラスにいる土岐くんの彼女は嫉妬深いことで有名だ。
「心配してくれてありがとう」
そういって再び早足で歩き出すと、土岐くんまで早足でついてくる。
「なんですか」
「山田さんって樹神くんと付き合ってるの?」
私はまたぴたりと足を止めた。




