21 青函トンネル
「つばめちゃんがもっと小さいころは、男性育休とか、在宅勤務の人とかも周りに多かったんだけど」
桜井先生は思い出すように天井を見た。
「公園にもだんだんいなくなって。あの人何やってる人、みたいな目線は正直あったんだよね。女性なら言われないのにね」
桜井先生は困ったように笑う。
「奥さんは、うちはママが外でお仕事して、パパが家のお仕事をしているんだって教えてたけど。つばめちゃんはお友達の誰かに言われたんだろうね、それ無職だよって」
しんみりしてしまった桜井先生に、私は聞いてみる。
「つばめちゃん、幼児教室でそのあと大丈夫だったんですか」
「うん、さすがに次の週までに仕事見つけるのは無理だったけど。次に同じ質問があったとき言えたみたい。『ちゅうがっこうのせんせいです!』って。だから最初のはふざけたのか、言い間違いだったと思われてるね。つばめちゃん正解なのに」
桜井先生は納得いかないと文句を言っていた。すでに完成した親ばかである。
「奥さんにそろそろ働いて、って言われたらそうするつもりだったけど全然言わないし。自分も正直どっちでも良かったんだけど、そのどっちでもいいことで、つばめちゃんが何か苦労するなら取り除いてあげたいなって。俺もきっかけが欲しかったのかもしれないね」
静かに聞いていた樹神くんがぽつりと言った。
「僕、桜井先生が父親だったら良かったな」
「樹神くん?」
「お父さん」
「やめて、俺まだお兄さんじゃない!?」
私は流れに乗じて気になっていたことを聞いてみる。
「え、先生っていくつくらいなんですか?20代?30代?」
「一応20代」
「一応ってことは28か29ですか」
「そうだよ、って樹神くん追求厳しくない?」
若いな、と私は思った。20代でつばめちゃんくらいの子どもがいる自分を想像できない。いま幼稚園なら20代前半には結婚したってことだよね。すごく思い切りがよくないか。しかも無職で。いやでも昔は専業主婦だって主流だったんだから、おかしくはないのかな。
私はちらと窓側席の樹神くんを見た。見てから、あれ私、今なんで樹神くんを見たんだ? 先走りすぎじゃない? 自分が怖すぎる!
そう思って、誤魔化すように窓の景色に目をやった。
「そろそろ青函トンネルかな」
「もうトンネル抜けたよ」
「え、いつ!?」
私はスマホの地図アプリを見る。私の位置情報はまだ青森県にいる。それを樹神くんが覗く。
「GPS狂うんだね、青函トンネルって」
「えーー、アナウンスしてほしかった、今からトンネルに入りますって」
「たぶん表示は出てたかも」
表示出てたなら教えてくださいよ……。と思いながら、スマホの地図アプリを更新するとGPSのピン留めがぴょんと飛んだ。はやぶさ号はぐんぐん前進していて、すでに北海道に入り、ピン留めはズレて松前のあたりだった。そこに新幹線の線路はない。
「瞬間見逃したー」
「はは、帰りは乗れるんだっけ」
「帰りはフェリーだったかもバスごと」
「そっか」
残念そうにしていたら樹神くんが「もしGPSピン撮れたら撮っておくよ」と笑ったので、私は首を傾げたのだった。




