20 つばめちゃん(2)
山田さんはヒラツカライテウ、とスマホで検索していた。そしてちょっと固まっている。僕も検索したのだけど、僕の記憶にある内容と違った。なんでこんな話になってるんだろう。
二人の間を妨害しようとした人が、よからぬ仲のように書き立てたようだ。そしてその呪いは今でも成功している。
悪い噂は入れ墨のように掘られていて消せない。
僕はひと通り調べると、スマホをロックして画面を下に向ける。憂鬱な通知が来るかもしれないと思うと自然とこうしてしまう。
話を聞く限り、桜井先生は愛妻家のようだけれど、でもずっと働いていない。そこが僕には不可解だった。
「先生はなんで先生になろうと思ったんですか?」
「つばめちゃんが……」
言いかけて桜井先生は言葉を選び直す。僕たちを乗せた東北新幹線は新青森駅を出発する。先生もそろそろ教職員モードにシフトするのだろうか。
「ええと娘にね、パパのお仕事どんなのがいいか聞いたら、学校の先生がいいって」
どこまでも娘ファーストで笑ってしまった。
「そんなんで決めたんですか」
「奥さんもいいと思うって」
先生はそう言って照れていた。僕は内心呆れてしまった。僕たちの学校にこんなふわっとした動機で働きに来るなんて。
でもそこからが桜井先生のすごいところで、それは夏前くらいの話だったから、かつての恩師に暑中見舞いを出しまくったのだという。就職活動中であることを添えて。Facebookにも似たようなことを書いて。そしたらそのうち何件かからメッセージが来たり電話がかかってきたりして、最終的に僕たちの学校に決まったのだそう。
他の先生からの紹介だとは聞いていたけど、そういう経緯は知らなかった。
「なんで、つばめちゃんは学校の先生が良かったんでしょう」
「自分がなりたいからじゃないかな? 幼稚園の先生か学校の先生になるって言ってた。そのうちまた変わるかもだけど」
「へー」
「きっといい先生なんですね、幼稚園の先生が」
と山田さんが言った。
そして、僕はそんなふうに言う山田さんのことをいいなと思った。
「でもなんで仕事する気になったんですか」
「今日、なんで、が多いね樹神くん」
先生が笑って、でも教えてくれた。
「奥さんがつばめちゃんを幼児教室に連れて行ってね」
「幼児教室」
先生はまた気を抜いて、つばめちゃん呼びをし始めた。
「そこで、いろいろ質問とかされるんだって。それで、お父さんのお仕事はなんですか?って聞かれたんだって」
「すでに笑えてきました」
山田さんはもう肩が震えていた。
「そしたら、つばめちゃんが『むしょくです!』って言ったんだ」
山田さんは引き笑いを始めた。
「それで教室の先生が『まあそれはたいへん、じゃあ来週までにお仕事を見つけてもらってくださいね』って」
山田さんは声を押し殺して笑っている。
「で、帰ってきたつばめちゃんが『パパ、らいしゅうまでにおねがいね』って」
「あははははははははは!!」
山田さんはお腹を押さえて涙を流している。
幸い、新青森で降りたお客さんが多くて、周囲に乗客はまばらだったから怒られることは無かったけれど、桜井先生は「ちょっと山田さん、静かに」なんて慌てている。自分が爆笑させたのに。
この話を聞いたとき、もちろん僕も笑ってしまったのだけど、それと同時に桜井先生の奥さんには敵わないなと思った。小学校に入るころにはつばめちゃんは、桜井先生が仕事をしていないことは特異であると気づくだろう。
そのときに起こりそうな衝撃をジャブ的に体験させたんだと思う。
はじめはつばめちゃん対策だったのではないか。でも結果的に、桜井先生は就職までしてしまった。それにつばめちゃんが言い出すまでは、ずっと静観していたんだから、すごい人だなと僕は思った。
メモ
◇
パンがないならケーキを食べれば…
貧乏人は麦を食え
若い燕は池の平和のために…
実は本人言ってないシリーズです




