修学旅行に遅刻していない男
「あれ、なんか切れちゃったよ」
僕は桜井先生の独り言なのか、話しかけているのか、よくわからない言葉に反応できない。顎にちょろちょろと髭が生えているし髪もぼさっとしているが、桜井先生はいわゆる塩顔イケメンだった。ちなみに、美人の奥さんと美少女の娘さんがいるらしい。聞いてもいないのに本人が嬉々として教えてくれた。
車の運転席から体を捻って、先生は僕にスマホを渡してきた。僕が受け取らないでいると、さらにぐいっと僕に向かってスマホを差し出す。
「樹神くん代わりにかけてくれない?」
「えっ僕がですか」
「なんか警戒されてるみたい。俺より面識あるでしょ」
「いえ、クラスも違いますし、話したことありません」
「でも山田さんのほうは、さすがに樹神くんのこと知ってるでしょー」
「はあ……」
「よろしく! 生徒会長!」
桜井先生は僕にスマホを押し付けると前に向き直る。チカチカ鳴っている車の停止ボタンを解除すると、ウインカーを右に出す。路肩に停めてあった桜井先生の車がゆっくりと動き出した。
運転中になってしまっては諦めるしかない。僕は後部座席のシートに体をうずめる。これけっこう乗り心地いいなと思いながら。
気は乗らないが、渡された最新型スマートフォンの履歴画面を開き、一番上に表示されている番号にかけ直す。桜井先生にも聞こえるよう、出力をスピーカーにする。
膜のかかったような音色で発信音が鳴る。そしてすぐ留守電に切り替わった。
「居留守みたいです」
「切られてなければ大丈夫、樹神くん留守電残しといて」
学校の女子のスマホに僕の声が残るのは憂鬱だった。なるべく感情を無くし、抑揚をつけずに、機械的に発声する。
「おはようございます。西中3年の樹神です。お伝えしたいことがあり連絡をしています。山田さんのお母様からこの番号をう……」
「ははは、俺よりしっかりしてるな」
『えっ生徒会長?』
留守電の途中で、先方の通話がオンになった。
「はい、そうです」
『えっまさか、遅刻ですか』
「いえ、僕は」
言いかけて口を閉じる。僕は今日の修学旅行を欠席する予定だった。親から学校へも連絡済みだ。なのになんでこんな。
僕は質問には答えず、用件だけ伝えることにした。
「あの、今、山田さんのご自宅に、桜井先生と車で向かっています。出発の準備をお願いします」
『えっ!!』
もう10分もしないうちにそちらへ着くはずだと教えたら、いきなり通話がブツっと切られた。
「切られちゃいました」
「オッケーオッケー! 声聞けたし! あー、なんかやばい事件とかじゃなくて良かったー」
そう言って桜井先生はミラー越しに僕と目を合わせて微笑んだ。




