修学旅行に遅刻した女
不快な機械音が脳みそを貫く。
修学旅行に遅刻した日の朝、私は家電の呼び出し音で目が覚めた。
いま何時?
目を閉じたままベッドの中で腕を金属探知機のように動かす。昨日くだらないショート動画を見ているうちに寝落ちたんだ。スマホはふとんの中だろうか。探索範囲を伸ばすと足のほうで固く薄い金属を発見した。なんでこんなところに。私はそれを掴んで引き寄せる。半目で画面の中の時計表示を見ると、集合時刻をとうに30分過ぎていた。
私はまさかと飛び起きる。
その間も家電の呼び出し音は続く。親だろうか。学校だろうか。友だちはいないので、かかってくることはない。
とりあえずベッドから這い出て、リビングの電話機の前まで行くが、受話器を取らずに様子を伺う。物音を立てずに。
「ピー。おはようございます。西中学校教諭の、桜井と申します」
学校を名乗った。男の声だった。
留守電の録音が始まって、桜井教諭による保護者の状態を慮る質問が始まる。桜井って誰だ? うちの学年団に桜井という名の教員はいない。ディスプレイの電話番号は070から始まっている。
これ、詐欺電話かもしれない。
今日が修学旅行とも知らず、さらに私が遅刻しているとも知らず、お子さまが学校で倒れましたとか、お友だちに怪我をさせてしまい……なんて言うんだ。
修旅の集合場所は直接、JR東京駅だ。私たちの学年は今日、校内で事件事故など起きない。
混乱していたが、この電話には出ない、ということだけは決めた。もう一度スマホを見る。電池残量が7%しかない。そのことのほうが一大事だった。朝、スマホの電源が満タンでないと落ち着かなかった。だってこれは私を唯一、救い出してくれる魔法の機械だったから。
録音越しの桜井教諭は「このあと第二連絡先のほうへかけさせていただきます」とそれらしい事を言って声が途切れた。あれは闇バイトだったかもしれないな、あぶないあぶない。
私はのろのろと亡霊のように家の中をうろつき、私の他に誰もいないことを確かめる。母ひとり娘ひとりの2DKのマンションだ。確認はすぐに済んだ。母は仕事に出たようだ。
朝食はないし、弁当の用意もない。修学旅行初日のお昼はご家庭からお弁当をお持ちください、と言われていた。捨てられる容器で。プリントも渡した。一応、昨日も伝えたが、忙しいお母さんはすっかりその情報が抜け落ちているだろう、きっと今日から修学旅行で私がいなくなることすら。コンビニで何か買って行ってと、お金くらいはダイニングテーブルに置いてあるかなと思ったが、無かった。
とりあえずスマホに充電を刺そうと自分の部屋に戻る。
コードの先を差し込んだ瞬間、突然スマホが震える。電話がかかってきている。070から始まる番号だ。その番号の並びに見覚えがある。さっき家電のディスプレイに表示されたのがたぶんこれだった。しかし私は失敗する。慌てて切ろうとして、間違って電話に出てしまったのだ。
はつらつとした男の声がする。
「おはようございますー。西中学校教諭の桜井です。こちらヤマダユリさんの……」
「ユリは他界しました」
「えっ!!」
それだけ言って、私はその詐欺電話をプツッと切った。
◇




