16 岩手銀行 赤レンガ館(2)
2階の回廊から見下ろすと、ちょうど桜井先生と山田さんが見えた。楽しく談笑している。
桜井先生はモテていいなあ、人生楽しそう。役者でもしているのかな?くらいのレベルで顔がいいと、彼女も途切れたことないのかな。
正直、そういう人は下界に降りてこないでほしい。イケメンは全員芸能界に入って、そっちの土俵で戦ってほしい。
そんなくだらないことを考えていたら、山田さんが2階に上がって、こっちに向かってきている。まずい、ここ何にもないから、二人を覗き見ていたのがバレるかもしれない。
咄嗟に周りをきょろきょろしたとき、目の端に可愛いまるいペンダントライトがチラついて、上を見上げる。この時代は天井も凝ってるな。
気配を感じて、横を見ると山田さんがいた。冷静を装って声をかける。
「山田さん」
僕と目が合うと山田さんは嬉しそうにした。それから僕と同じように上を見上げる。上を向くにつれて口がぽかんと開いていたのが可愛かった。
既婚者なんてやめておけばいいのに。
そういうこと言うと大袈裟だ、馬鹿馬鹿しいと思うだろう? でも最初はファンですとか推しですとか尊敬していますとか言っておいて、そのうち、何かのはずみで転ぶことはよくあるんだ。
それに相手が桜井先生でしょう。ちょっと魔が刺したら、いやあの人がほんの少しでも本気を出したら、女子中学生なんてイチコロだと思う。
女性に限らず、桜井先生は人たらしなんだ。仕事もなくぷらぷらしてても人生なんとかなってしまうし、今だって恩師の世話になって、あっさり僕らの学校に就職している。
目の前の山田さんだってずっと、ここにはいない桜井先生の話をしている。いや、それは僕が聞いたからなんだけど。それでも、まあそんなこといいじゃん別に、とかなんとか言ってほしかった。そんな真剣に桜井先生の話を反芻しなくてもいいのだけど。会話を思い出すようなそぶりも癪だった。
僕が転校したら、山田さんにブレーキをかける人がいなくなってしまうのが心配だった。それに桜井先生は山田さんのクラスの副担任に入る可能性が極めて高い。そしたら。
起きてもいない未来に悲観して、僕は憂鬱になった。
そもそも、函館までついてきてほしいと頼まれたのは桜井先生だ。桜井先生が僕を条件にしたから山田さんは僕に頭を下げたのであって。
僕がいなくなっても、それこそ山田さんは痛くも痒くもないんだろうな。そう思ったら悲しくなって逃げたくなった。
なのに服の袖をちょっとだけつまんで引っ張られて、それを可愛いと思ってしまった。今までよくわからなかったけど僕はこういうのが刺さるのか。
引き留めてくれて嬉しいと思ったら込み上げるものがあった。
「どしたの、話聞こうか」
内心、笑ってしまった。自然に出てくるなんてネットのやりすぎでしょ山田さんは。SNSとかショート動画の視聴時間も、もっと制限したほうがいいだろう。
話を聞いてくれるっていうなら、いっそ話してしまおうか。僕が学校を辞める理由。
でも今はせっかく世間が凪いでいるんだから、このまま知らん顔してこの旅行を楽しみたい気もする。




