15 岩手銀行 赤レンガ館
「着いたよ」
言われてタクシーを降りると、そこには少しくすんだ色の、小さい東京駅みたいな建物があった。先生は連写モードでスマホの写真を撮っている。
私が見てもその建物はただずまいがとても良くて、しばし見惚れてしまう。先生の好きなものを見る、という複線の楽しみもある。
館内に入って入り口でチケットを買ってもらった。100円だ。
「ここでふつうに営業してたのすごいよね、いいなあ」
「先生も銀行で働けば良かったじゃないですか」
「そうだね、本店だとけっこう古い建物残ってるし。がんばっても良かったかもねえ」
「?」
「内定はしてたんだけど、最初の話と違うこと言ってくるから、入るのやめたんだよね」
「えっ最近の話ですか」
「いや、学生のとき」
へぇ、桜井先生が銀行で働いている世界線もあったんだ。でも全然イメージ違わないか?
「ええと、じゃあ先生って社会科の先生なんですか?」
「いや理科」
「へー」
全然、つながりがわからない。聞きたいことはもっとあったけど、先生はレンガ館をもっと見たそうだったから、私は話しかけるのをやめた。
先生はずいぶんじっくりと丹念に見ていたので、先生を置いて2階にあがると樹神くんがいた。
「山田さん」
見つけたとき樹神くんは上を見上げていた。気配に気づいたのか、こちらをチラッと見て名前を呼ばれた。なんだろうと思って、私も上を見る。
「天井かっこいいなと思って」
「細部に宿りすぎだね」
「だよね」
そうやってぽかんと口を開けて上を見ていると樹神くんが聞いてきた。
「桜井先生と何の話してたの」
「え?」
「僕が我を忘れてわんこそば食べてるとき」
「はは、わんこ屋で、樹神くんって鬼神のようだったよね」
誤魔化したけど、樹神くんがじっとこっちを見てくる。
先生から「内緒ね」って言われたことを樹神くんに言っていいのかな? けれど先生は樹神くんにはもう言っているような気もしたから、私は少しずつ様子を確かめながら口を割る。
「桜井先生が、前は何してたか聞いたの。どこの学校の先生だったのかって」
「ああ」
「樹神くんは知ってた?」
「うん」
短い返事すぎて、樹神くんが持っている情報量がわからない。
「なんだ、そもそも本当の先生じゃないんだって思ったら」
「禁忌感なくなった?」
「それどういう意味」
「あんまり深みにハマらないようにね」
そう言って樹神くんは私に背を向けて次の展示ポイントに進もうとする。
「ちょっと樹神くん」
私は樹神くんを引き止めようとしたが腕は取りづらくて、長袖の端をつまんで引っ張った。
「うわ、何」
「ほんとそういうのじゃないから、って言いたくて……え?」
振り返った樹神くんの目が潤んでいた。
「どしたの、話聞こうか」
「茶化さないで」
「いや、今のはふざけて言ってなくて心からの声」
「そう」
「下にベンチあるよ、座ろうよ」
移動しながら私は思った。あれ、上を見ていたのって、そのときから泣いていたのかな。それとも私が何か失言を。
考えを巡らして辿り着いた。もしかして苗字が変わるのって、親の不倫が原因とか?
うちの両親の離婚は、壊滅的な性格の不一致だったから、そういう色恋沙汰の話は無かった。強いて言えばお父さんが仕事に恋をしていたせいか。
しかし、そう考えると合点がいく。やたら桜井先生への憧れを牽制してくるところとかも。タレント稼業でもないのに、家庭のある人を推し、だなんて言う私が気持ち悪かったかもしれない。
ときどき私に厳しい言い方をする樹神くんは、それが原因で生まれてきたのか。彼は生徒会長だからそれなりにふだんの言動が伝わりやすいが、意地悪な言い方をした話を、今まで聞いたことなかった。
私、仲良くなったつもりだったけど、けっこう嫌われてるのかもな、と樹神くんの背中を見ながら思った。




