13 盛岡駅
「起こしてって言ったじゃん!」
私たちは盛岡駅でドタバタと、グランクラスを下車した。こまちの連結解除があったからそこまで急がなくても良かったのだけど、気がついたら盛岡駅のホームが見えていたから、軽くパニックになった。
「忘れ物がないか確認してね」
そう言って、桜井先生は私のキャスターバッグを大事そうに丁寧に持ち上げる。そういうちょっとした動作に桜井先生ってやっぱいいなと思う。
充電器をコンセントから抜き忘れそうになって手を伸ばしたら、同じく充電器をしまおうとしていた樹神くんと手が重なってしまい、ちょっとした間のあと「あ」「ごめん」みたいなやり取りが発生する。
「えっ何なに」
桜井先生が、いかにもいじりたそうな顔をしていてイラッとするので先に言ってやった。
「仲良くなりましたよ?」
「そーなんだー」
それを聞いて樹神くんは、ごほっと咽せていた。
車両を出ると桜井先生は「娘に送るから」と言って、はやぶさこまちの切り離しを見に行って動画で撮っていた。私と樹神くんも後を追って、遠巻きに見た。ひとしきり撮影し終わると、先生は私たちのほうへ戻ってきた。
「じゃあ、わんこそば食べに行こうか。予約してあるんだ」
「盛岡で下車して大丈夫なんですか」
「もうみんな新青森か新函館北斗のあたりだから。このあと函館でバス周遊だけどそれには間に合わないからホテルの夕食までに来てくださいだって」
「全然、追いつきませんでしたね」
「ていうかなんでさっきのグランクラスだったんですか」
「3人で近くに座れるのがそこしかないって言ったらいいよって」
「誰がですか」
「スポンサー」
私と樹神くんがスポンサーって誰?って顔をしたけど、桜井先生は気にせず「次は普通車の3人並びだから。席順どうする〜?」などと言っている。
私は真ん中に座りたいかな? 樹神くんと桜井先生に挟まれるなんて両手に花じゃん。
そう思ってふと立ち止まる。
あれ、自分にとって樹神くんも花にカウントされるのか? などと考えていると、樹神くんは先生にあれこれ質問を始めた。
「娘さんって電車好きなんですか?小学生ですか?」
「幼稚園だよ」
「女の子でも電車好きなんですね」
「小さい子は男女差そこまでないね。そういうの出てくるのやっぱり小学生以降かなあ。社会が枠を決めてるんだろうね。ほらランドセルの色とかもあるし」
「ランドセルの色って今どき自由じゃないですか」
「それでも男で赤やピンクだと止められるよね。やんわり誘導されたり」
「なるほど」
改札を出ると駅ビルがあって、そこで旅行用品は買えそうだった。ここには後で来ようと言って、先生は駅前のロータリーを渡った少し先のビルに入る。そこがわんこそば屋さんなのだそう。ふつうのビルだなと思ったが、中はけっこう広かった。畳が広く引き詰められた広間がある。
先生はわんこそばを3人前頼むと
「100杯いけるかなあ?」
とにこにこしていた。
「私、100は無理です。もったいないので、ふつうのおそばにできますか」
「大丈夫大丈夫! でも15杯は食べてね!」
「なんで15杯ですか」
「15杯がふつうのそば1枚ぶんだから」
てことは100杯はふつうのおそば6〜7枚ってこと? 100杯なんて無理じゃないですか。
エプロンをして、給仕さんの用意が整うと、それは先生の合図で突如始まった。お椀にどんどんそばが追加される。1杯はほんのちょっとしかない。ひとくち、ふたくちで食べ終わる。あれ、このくらいならいけるかなと思ったのだけど、私はもう7杯目くらいでダウンした。
「早!!」
「さすがにリタイア早くないですか」
桜井先生と樹神くんが爆笑していた。
「じゃあ、お兄さんたちが代わりに100杯食べてってくださいね〜」
なんて先生たちが言われている。
「撮ってあげますよ」
暇になった私はそう言って、先生のスマホを借りて先生の写真と動画を撮る。樹神くんにもスマホを借りて写真と動画を撮った。
さすが男性陣、どんどんという掛け声で、ほんとうにどんどん完食していく。消えていくわんこそばの映像がすごく面白い。これ私にも後で共有してくれないかな。ずっと見ていられる。
「なんか見ているだけでお腹がいっぱいになる」
「ははは!」
そうやって余裕な感じで笑っていた先生だが70杯目あたりでリタイアした。
「あれおかしいなー、歳とったなー?」
なんて言って首を傾げている。そして、
「樹神くんを見てるだけでお腹いっぱいになるね」
と先生も言い出した。先生もこっち側の人間になった。
樹神くんの食欲は減退することを知らず、規則的なリズムでおそばを口に運んでいく。
「男子中学生こわ」
「樹神くんなんてそんなガツガツした感じないのに。こうも数字に現れるとこわいもんだね」
樹神くんはおそばを食べるのに無心だった。私はその隙に先生に話しかける。
「先生って前はどこの学校勤務だったんですか」
「え、俺? 俺は学校の先生はこの学校がはじめて」
「そうなんですか!?」
「うん」
私はちょっと不安になって聞いてみた。
「免許は? 教職免許は持ってるんですか?」
「持ってない」
「えー……」
「でも教職の単位は途中まで取ってるよ。コンプリートしてないけど。今は教員不足だから、それでも通っちゃうんだよね」
私は急に桜井先生がまがいもののように思えてくる。一応、この学校は進学校なのに。
「それに何もなければ、しばらくはクラスは持たないよ。その間に免許取る予定。ほら、山田さんみたいに警戒する人いるから」
そんなふうに笑って言われて、押し黙る。
「何もなければって、何かあるんですか」
「ええと、少し体調を崩されている先生が2人いて、どっちかの補助に入るかも」
先生は遠回しに言ったが、おそらく荒れているクラスはあそこと、うちのクラスだ。ああ、担任の先生はメンタルやっちゃったんだ。可哀想に。うちのクラスはちょっと扱いづらい、とくに女子が。私ですらあれはどうも苦手な集団だ。
桜井先生がうちのクラスに入ってくれたらいいな。イケメンってだけで女子を組み伏せることができそうだ。でもそしたらライバルが増えてしまうだろうか。いやいやライバルってなんの。先生は結婚しているし、娘のために電車の動画を撮っているような人だ。
私は話を最初に戻す。
「あ、じゃあ、前は民間企業とかで働いてたんですか」
「いや」
桜井先生はちょっと小首を傾げる。
「無職だよ」
それを聞いて私は漫画みたいに口をぽかんと開けてしまった。
「え?無職?」
「うん。働いたことない。学生バイトはあるけど。校長先生にそれ言うなって言われてるから内緒ね」
そう言って桜井先生は魅惑的にウインクなんかしてきた。




