12 グランクラス(4)
「樹神くん、連絡先交換しようよ」
山田さんにそう言われて実はちょっと嬉しかった。けど、この電話番号は転校先で使うものだった。
だから咄嗟に、感じ悪く断ってしまった。
新しい番号は、家族と、それから学校の先生と念のため交換している。桜井先生とも。西中の子たちとは前の番号をそのまま使って、そのうちフェードアウトするつもりだった。だから僕のリュックにはもう一台、前のスマホが入っている。
もうひとつのスマホを出してLINE交換しようか。でも折を見て解約する予定だし。かえって失礼にならないか。それとも新しい番号を?
山田さんは少し粘ってくれたから、ちょっと迷ったけど、結局断った。すると彼女は怒ってしまったのか、無言で目を閉じる。
グランクラスに静寂が訪れる。音がなくなると、高速移動で密閉されている感じがすごくする。話し相手の山田さんがいないと、僕はこの車両に1人取り残されたような気分になる。
「ごめん、やっぱり、交換してくれない?」
ご機嫌伺いに山田さんの席を覗き込むと、山田さんがぱちっと目を開けて、頷いた。今さらなんだよ、だったらさっき交換しとけよって感じのめんどくさそうな顔。
これからさらに追加でめんどくさい要求をしなければならない。
「あと僕と連絡先交換したの、誰にも言わないでほしいんだけど。約束してもらえる?」
「わかった」
ぶっきらぼうに山田さんが答えて、頷いた。良かった。
自意識過剰なやつって思われてるかな。でもなんとかLINEを交換できた。確認のための適当なスタンプを送る。
「谷川?」
山田さんが僕のアカウントを見て眉を寄せている。
「そう、僕、谷川姓になるから。それもみんなには言わないでほしいんだ」
「わかった。どっちで呼んだらいい?」
「まだコダマで」
「わかった」
山田さんはLINEの画面を見ながらちょっと苦しそうな顔になっていた。彼女はため息をついてからぽつぽつと話し始める。
「私も苗字変わってて」
「前なんだっけ」
「浅間」
「あ、そうだった。クラス委員してなかったっけ」
「してた。あ行の宿命だよね」
わかる。最初の学期のクラス委員は雑に決まりやすい。小学校でもそうだった。
「学校にいる間は前の苗字を使わせてほしいってお願いしたんだけど。お母さんが感情的に無理で、途中で山田になっちゃった」
「そうなんだ」
「あ行から、や行だもん。全然景色が違った。ていうか、私、けっこうあ行に性格引っ張られてたかも」
「はは、そういうのあるんだ」
「マジである」
「山田って苗字、僕は羨ましいけど」
「そう? 同じ名前多すぎじゃない? 私は樹神になりたいけどね」
その言い方に僕にどきっとしてしまった。誤魔化すようにスマホを操作する。
「あ、そうだった。忘れるところだった」
「何なに」
僕はLINEの表示名を変える。
『特進に返り咲くための勉強ログ』
「何これ」
「なるべくここに毎日何やったか入力して」
「うっそ」
「せっかく交換したんだし、有効活用しないと」
「これ毎日、樹神くんがチェックするの!?」
「しないよ。たまに見るかもだけど。とにかく入れといて」
「えーなんこれ、交換しなきゃ良かった」
山田さんはブツクサ言っていたけど、もとは特進クラスにいたくらいだから根は真面目なのだ。昨日何やったっけ?などと思い出しながら早速入力している。
僕は山田さんの横顔を見る。生徒で、谷川を伝えたのは山田さんだけだった。僕は何か、山田さんに特別な感情があるのだろうか。このわけのわからない道中にただ酔っているのだろうか。




