11 グランクラス(3)
「あ、そうだスマホ」
これが修旅だということをすっかり忘れていた。本来ならスマホは回収されるのだけど桜井先生はまだ何も言ってこない。先生、寝てるし大丈夫かな。
私は指定リュックをガサゴソやってスマホと充電器を取り出す。画面を見ると、完全にバッテリー切れだった。
私はグランクラスのプロ、樹神くんに聞く。
「ここって充電できたよね」
「うん」
「どこ」
「肘かけの横」
私は肘かけと座面のつなぎを手で触って確認する。
「ないよ」
「そっちじゃなくて前の」
今度は、前の席のリクライニングの背を目視で確認する。
「ないけど」
「いやそこじゃなくて」
樹神くんは私の指先を軽く掴むと、肘かけの前面まで持っていく。指先の指紋のあたりに少しでこぼこが当たる。
「ここ」
「ああ、こんなとこにあるんだ」
そう言うと樹神くんは私の指をすっと離す。私は平然と言ってみせたが、樹神くんに触れられた指先が、触れられたまんまの形で熱を持っている。
何なに、どういうこと!?
いや意味を求めてはいけない。私の察しが悪くてイラついただけだ、きっと。樹神くんは中学生の割に大人っぽいところがあるけれど、恋に関してはまっさらな印象だった。誰かと付き合った話も聞いたことない。まあ、私もないんだけど。
私が電源プラグを差し込むと、樹神くんも指定リュックの中をガサゴソやり始めた。それから同じようにスマホと充電器を取り出して電源に差す。
「スマホ持ってきたんだ」
「うん」
樹神くんはスマホの画面を何回かタップして確認すると、それから簡易テーブルを出してスマホを伏せる。
「下向ける人はじめて見た」
「通知邪魔じゃない?」
邪魔かあ、そのセリフの後で連絡先は聞きづらい。でもこのタイミングで聞かないのもなんか変だった。
「樹神くん、連絡先交換しようよ」
「え、いいよ、しなくて」
あっさり拒否られた。まさか断られると思わなくてすでに起動したLINE画面が困っている。いや困ってるのは私か。
「え。転校しちゃうんでしょ」
「うん」
「特進にいけたかどうやって連絡するの」
「あそっか」
樹神くんはスマホに手をかけるが、その手を引っ込めた。
「桜井先生にでも聞くよ」
壁を作られたことに戸惑いを隠せない。ちょっと仲良くなれたと思ったのに。あれ、私は樹神くんと仲良くなりたかったんだろうか。
一方で、やっぱり特進がどうの、ペナルティがどうのとか言っていたのは本気ではないようだ。だって樹神くんはすっかりそのことを忘れてるもの。良かった。
連絡先交換を断られて気まずい私は、眠たくなったふりをして目を閉じる。グランクラスの車内は静かだった。座席はけっこう埋まっているのに。そういえばさっきからこの車内で喋っているのは私と樹神くんだけだ。ふと10号車の客みんなに、自分たちの会話を耳をすまして聞かれているような感覚になった。
そんなことをつらつらと考えてると声がした。
「ごめん、やっぱり」
声に反応して目を開けると、樹神くんの顔が近かった。こちらの座席を覗き込んでいる。
「交換してくれない?」
私は頷く。樹神くんから連絡先を交換してくれと言われて、なんでこんなに嬉しいんだろう。ああ、そうか、3年になってから、はじめてのやりとりだからだ。クラスLINEの事務的な登録以外で、はじめて連絡先を交換する。
「あと僕と連絡先交換したの、誰にも言わないでほしいんだけど。約束してもらえる?」
「わかった」
樹神くんの切実な表情に、私はもう一度頷いた。




