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当たり前じゃない世界  作者: 鳳蓮荘
第2章 動き出す世界
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第六十六話 守るための覚悟


十五年前――。


東理病院。


朝日が静かに病室へ差し込む。


詩織は眠ったまま。


規則正しく鳴る心電図だけが、命の鼓動を知らせていた。


義一はベッドの横へ静かに腰を下ろす。


詩織の顔を見る。


「……ごめん。」


小さく呟いた。


返事はない。


義一はゆっくりと詩織の手を握る。


少し冷たい。


その温もりが胸を締め付ける。


「俺が守るって言ったのに。」


「約束……守れなかった。」


義一は目を閉じた。


「もう。」


「誰も失いたくない。」


「詩織。」


「お願いだから……。」


「戻ってきてくれ。」


静かな病室に、その声だけが響いた。


---


義一はポケットへ手を入れる。


取り出したのは、小さなお守り。


警備の仕事を始めた日から、


毎日欠かさず持ち歩いてきたものだった。


義一はそれを見つめる。


「今まで。」


「俺を守ってくれてありがとう。」


そして。


詩織の枕元へ、そっと置いた。


「今度は。」


「俺の代わりに。」


「詩織を守ってください。」


義一は深く頭を下げた。


---


病室を出る。


廊下。


蓬萊が壁にもたれ掛かっていた。


一晩中眠っていないのだろう。


疲れた表情だった。


義一は小さく頭を下げる。


蓬萊も静かに頷く。


言葉はない。


二人とも。


何を言えばいいのか分からなかった。


長い沈黙だけが流れる。


---


その頃。


イコル・ヤーレン研究所。


博士は窓の外を見つめていた。


能力。


人を救う力。


人を傷付ける力。


紙一重。


その重さを誰より知っている。


静かに目を閉じる。


「私は……。」


「本当に正しかったのでしょうか。」


答えは返ってこない。


---


昼過ぎ。


義一は一人、


病院の屋上へ出た。


街を見下ろす。


子どもたちが笑いながら歩いている。


家族。


恋人。


友人。


当たり前の日常。


義一は拳を握る。


「守りたかった。」


「ただ、それだけだった。」


「それなのに。」


「何もできなかった。」


風が吹く。


義一は空を見上げた。


「力があれば。」


その言葉を口にした瞬間、


自分で驚いた。


「……違う。」


首を振る。


「力が欲しいんじゃない。」


「守れる力が欲しい。」


その願いだけは、


誰にも嘘をつけなかった。


---


夕方。


蓬萊は病室の前で立ち止まる。


中には眠る詩織。


その横には、


義一が置いた小さなお守り。


蓬萊は静かに微笑む。


「詩織。」


「待っています。」


「あなたの笑顔を。」


その声は届かない。


それでも、


蓬萊は信じ続けた。


---


夜。


イコル・ヤーレン研究所。


研究室には博士が一人。


ガラスケースの中。


一本の薬が静かに置かれている。


博士はその薬を見つめた。


「力は。」


「人を傷付けるためのものではない。」


「救うためにある。」


研究室の扉が静かに開く。


博士は振り返る。


そこには蓬萊が立っていた。


二人は何も話さない。


ただ静かに見つめ合う。


研究室には重い沈黙だけが流れていた――。


第67話へ続く

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