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当たり前じゃない世界  作者: 鳳蓮荘
第2章 動き出す世界
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第五十八話 揺らぐ思想


十五年前――。


能力事故のニュースから数日。


街はいつも通りの賑わいを見せていた。


テレビでは能力を使ったスポーツ。


能力を活かした新しい仕事。


「能力社会は、私たちの未来を変えます!」


明るいニュースばかりが流れている。


街を歩く人々も笑顔だった。


「事故なんて、そのうち減るさ。」


「新しい技術には付きものだよ。」


「便利になるなら、それでいい。」


誰も深刻には受け止めていなかった。


その様子を見つめる蓬莱は、小さく息を吐いた。


「……まだ伝わらないか。」


---


駅前広場。


ZEROは今日も活動を続けていた。


詩織が署名用紙を差し出す。


「能力者教育制度の整備に、ご協力をお願いします。」


仲間たちも声を上げる。


「能力の使い方を学ぶ環境が必要です!」


「子どもたちを守るためにも、ご協力お願いします!」


しかし、多くの人は足を止めない。


「そこまで大げさじゃないよ。」


「事故なんて減るだろ。」


「能力がある方が便利だし。」


冷たい言葉が飛ぶ。


若いZEROメンバーが悔しそうに拳を握った。


「どうして……。」


「誰も話を聞いてくれない。」


詩織は優しく肩へ手を置く。


「焦らなくて大丈夫。」


「蓬莱さんだって、一人から始めたでしょう?」


その言葉にメンバーは小さく頷いた。


---


その頃。


国会。


能力社会推進についての会議が開かれていた。


「能力産業の市場は急速に拡大しています。」


「海外との競争も激しくなるでしょう。」


「日本が立ち止まるわけにはいきません。」


一人の議員が言う。


「能力事故はありましたが。」


「新しい技術には多少の事故は付きものです。」


別の議員も頷く。


「能力開発を止める理由にはなりません。」


会議は経済効果を中心に進んでいく。


---


同じ頃。


イコル・ヤーレン研究所。


博士は研究員たちを集めていた。


「能力事故は、決して軽く考えてはいけません。」


研究室が静まり返る。


「能力を与えるだけでは不十分です。」


「どう扱うか。」


「どう教えるか。」


「そこまで私たち研究者は責任を持たなければなりません。」


研究員たちは真剣に頷いた。


博士は続ける。


「教育プログラムを一から見直しましょう。」


「二度と同じ事故を起こさないために。」


---


研究所の入口。


義一は警備員へ指示を出していた。


「入館確認を徹底してください。」


「許可証の確認も忘れずに。」


警備が終わると、詩織が研究所を訪れる。


義一は少し安心したように笑った。


「最近、抗議に来る人も増えてきました。」


「帰りは送ります。」


詩織は少し驚き、微笑む。


「ありがとうございます。」


義一は照れくさそうに頭をかいた。


「何かあってからじゃ遅いですから。」


---


その夜。


ZEROの定例会。


若いメンバーが机を叩いた。


「蓬莱さん!」


「もう話し合いなんて無理ですよ!」


「事故は起きる!」


「誰も耳を貸さない!」


「能力を持った人間が、全員善人とは限らないじゃないですか!」


「能力を悪用する人が現れたら、どうするんですか!」


部屋が静まり返る。


全員が蓬莱を見る。


蓬莱は静かに立ち上がった。


そして、ゆっくりと口を開く。


「……そうだ。」


「能力を悪用する人は、きっと現れる。」


若いメンバーが息を呑む。


「だからこそ。」


「人の心を育てなければならない。」


「暴力は。」


「新しい暴力を生むだけだ。」


「私たちは。」


「誰かを倒すために集まったんじゃない。」


「人を守るために集まったんだ。」


詩織は静かに微笑んだ。


「それが、ZEROです。」


部屋の空気が少しだけ和らいだ。


---


その時だった。


テレビから緊急ニュースが流れる。


『速報です。』


『本日午後三時頃。』


『火炎能力を持つ男が、自身の能力を誇示する目的で空き家へ放火しました。』


『火は消防隊により消し止められ、死傷者はいません。』


『容疑者は現行犯逮捕されました。』


『警察は、能力を利用した初の悪質事件として詳しく調べています。』


部屋から音が消えた。


誰も言葉を発せない。


先ほどまでの会話が、現実になってしまった。


蓬莱はニュースを見つめたまま、小さく呟く。


「事故だけじゃない……。」


「ついに。」


「犯罪まで始まってしまった。」


---


ニュースキャスターが続ける。


『政府は今回の事件を受け、能力犯罪への対応を専門とする組織の設立を検討していることが分かりました。』


ZEROメンバーたちは顔を見合わせる。


蓬莱は静かに窓の外を見つめた。


能力によって便利になった街。


能力によって笑顔になった人々。


そして、その裏で生まれ始めた新しい犯罪。


蓬莱は誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「どうか……。」


「これ以上。」


「能力が、人を傷付けませんように。」


その願いとは裏腹に。


世界は、少しずつ音を立てて変わり始めていた。


第59話へ続く。

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