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当たり前じゃない世界  作者: 鳳蓮荘
第2章 動き出す世界
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第五十七話 信じる未来


十五年前――。


数日後。


神崎詩織と蓬莱良樹は、朝霧義一に案内され、イコル・ヤーレン研究所を訪れていた。


白を基調とした広大な研究施設。


研究員たちが慌ただしく行き交っている。


詩織は辺りを見回しながら小さく呟く。


「思っていたより……普通なんですね。」


義一は笑った。


「研究所って聞くと堅いイメージがありますからね。」


「でも、ここで働いている人たちは、本気で人を救いたいと思っている人ばかりです。」


蓬莱は静かに頷いた。


「それは討論会でも伝わってきました。」


---


研究室の扉が開く。


「ようこそ。」


イコル・ヤーレン博士が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。


「またお会いしましたね。」


蓬莱は軽く頭を下げる。


「本日は見学のお時間をいただき、ありがとうございます。」


博士は微笑む。


「こちらこそ。」


「皆さんに見ていただきたいものがあります。」


---


研究室の奥。


ガラス越しの実験室には、一匹の犬がいた。


研究員が床へボールを転がす。


犬はボールを見つめる。


次の瞬間――。


ボールがふわりと宙へ浮かんだ。


詩織は思わず息を呑む。


「浮いた……。」


研究員が説明する。


「念動力です。」


「現在は動物への能力発現も継続して観察しています。」


博士が静かに続けた。


「人間へ投与する前にも、このような動物実験を何度も繰り返しました。」


「そして現在も、安全性の確認は続けています。」


蓬莱は犬を見つめたまま、小さく呟く。


「……すごい。」


その声には驚きと、不安が入り混じっていた。


---


詩織が博士へ尋ねる。


「博士。」


「一つ、お聞きしてもいいですか。」


「もちろんです。」


「能力が発現しない人はいるんでしょうか。」


博士は少し考えて答える。


「理論上は、ほぼ全員に発現します。」


「ですが。」


「科学に絶対はありません。」


「例外が現れる可能性は、ゼロではありません。」


蓬莱はその言葉を静かに胸へ刻んだ。


---


詩織は続けて尋ねる。


「能力による差別が生まれたら。」


「その時は、どうされるんですか。」


博士は静かに答える。


「差別をなくす努力を続けます。」


「能力は人を区別するためのものではありません。」


「人を助けるためのものです。」


蓬莱が穏やかに口を開く。


「博士。」


「あなたの考えは、本当に素晴らしいと思います。」


「ですが。」


「人間は完璧ではありません。」


「善意だけで社会は成り立たない。」


博士も静かに頷く。


「ええ。」


「だからこそ教育が必要なんです。」


「能力だけではなく。」


「能力を持つ人間の心も育てなければならない。」


二人は互いに微笑んだ。


考え方は違う。


それでも互いを否定しない。


そんな空気が流れていた。


---


研究所を見学し終えた帰り道。


博士は蓬莱へ歩み寄る。


「蓬莱さん。」


蓬莱が振り返る。


「今日はありがとうございました。」


博士は微笑む。


「あなたのような人がいるから。」


「私は慎重でいられます。」


蓬莱も笑顔で答えた。


「私も。」


「博士のように、本気で人類の未来を考える方だからこそ。」


「こうして話し続けたいと思えるんです。」


二人は固く握手を交わした。


義一はその姿を見て、小さく笑う。


「二人とも、本当にすごい人だ……。」


詩織も静かに頷いた。


「ええ。」


「蓬莱さんの一番すごいところは。」


「どんな相手の話も、最後まで聞けるところなんです。」


---


その時だった。


研究所内のテレビから、緊急ニュースが流れる。


『速報です。』


『本日、能力の誤使用による事故が発生しました。』


『身体強化能力を発現した男性が、自身の能力を試そうとして高く跳躍。』


『着地に失敗し、店舗のガラスへ衝突しました。』


『その際、近くを歩いていた通行人三名が軽傷を負いました。』


『なお、命に別状はありません。』


研究所の空気が一変する。


博士の表情が曇る。


「また……事故ですか。」


研究員たちも不安そうに顔を見合わせる。


蓬莱はニュースを見つめたまま呟く。


「もう……始まっている。」


博士は静かに言う。


「能力そのものが悪いわけではありません。」


「ですが。」


「このような事故は、必ず減らさなければならない。」


蓬莱はゆっくり頷いた。


「博士。」


「私は、あなたを信じています。」


「でも。」


「社会は、まだ能力を受け入れる準備ができていない。」


博士は何も答えなかった。


ただ静かにニュースを見つめ続けていた。


---


研究所を後にした蓬莱は、夕焼けに染まる街を歩きながら空を見上げた。


能力を楽しそうに使って遊ぶ子どもたち。


それを笑顔で見守る親。


誰もが希望に満ちた未来を信じている。


蓬莱は小さく目を閉じた。


「どうか……。」


「私の考えが、間違っていますように。」


その願いは、夕焼け空へ静かに消えていった。


第58話へ続く

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