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当たり前じゃない世界  作者: 鳳蓮荘
第2章 動き出す世界
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第五十六話 交わる思想


十五年前――。


能力の薬が発表されてから数か月。


能力社会の是非を問う公開討論会が開かれていた。


会場には多くの報道陣や市民が集まっている。


壇上には二人の人物が立っていた。


一人は能力の薬を開発した男――


イコル・ヤーレン博士。


そしてもう一人は――


ZERO代表、蓬莱良樹。


会場は静まり返る。


司会者が口を開いた。


「それでは討論会を始めます。」


---


最初に話し始めたのは博士だった。


「能力は、人類の可能性を広げます。」


「医療。」


「災害救助。」


「産業。」


「あらゆる分野で、人々の生活は豊かになるでしょう。」


会場から拍手が起こる。


博士は続ける。


「能力に善悪はありません。」


「それを善にも悪にもするのは、人間です。」


再び大きな拍手が響いた。


---


司会者は蓬莱へ視線を向ける。


「ZERO代表、蓬莱さん。」


蓬莱は静かに立ち上がる。


「まず、お伝えしたいことがあります。」


「私たちZEROは、能力そのものを否定しているわけではありません。」


会場が少しざわつく。


「能力は素晴らしい可能性を秘めています。」


「だからこそ。」


「慎重であるべきなんです。」


蓬莱は真っ直ぐ博士を見る。


「安全性は本当に十分なのでしょうか。」


「社会への影響は。」


「能力を持つ人と持たない人の格差は。」


「私たちは、まだ検証が足りないと考えています。」


会場は静まり返った。


---


博士はゆっくり頷いた。


「確かに。」


「未来を完全に予測することはできません。」


「ですが。」


「進歩を止めることも、人類にとっては大きな損失です。」


蓬莱は穏やかに微笑む。


「私も進歩を否定するつもりはありません。」


「ただ。」


「急ぎ過ぎてはいけない。」


「それだけです。」


---


会場から一人の女性が手を挙げた。


詩織だった。


司会者が頷く。


「どうぞ。」


詩織は立ち上がる。


「博士。」


「もし能力が原因で差別や犯罪が増えたら。」


「その責任は、誰が取るのでしょうか。」


会場が静まり返る。


博士は少し考え、静かに答えた。


「責任は、私一人では負えません。」


「能力は道具です。」


「それをどう使うかは、人類全体の問題です。」


詩織は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


---


蓬莱が再び口を開く。


「博士。」


「あなたのお考えは理解できます。」


「ですが。」


「人は決して完璧ではありません。」


「怒り。」


「嫉妬。」


「欲望。」


「誰もが心の中に抱えています。」


会場全体が蓬莱の言葉へ耳を傾ける。


「だからこそ怖い。」


「能力は、その弱さを何倍にもしてしまう。」


「私は、それを恐れています。」


博士も蓬莱を真っ直ぐ見つめる。


「だから私は教育が必要だと思っています。」


「能力だけではなく。」


「能力を持つ人間を育てることが。」


「これからの時代には必要です。」


蓬莱は静かに微笑んだ。


「その考えには賛成です。」


二人の視線が交わる。


そこには敵意ではなく、互いへの敬意があった。


---


討論会は終了した。


司会者が最後の質問を投げ掛ける。


「皆さんは。」


「能力社会について、どう思われますか。」


会場に拍手が響く。


博士への拍手は大きい。


蓬莱への拍手も起こる。


しかし数は明らかに少なかった。


詩織は少し悔しそうな表情を浮かべる。


「蓬莱さん……。」


「悔しくありませんか。」


蓬莱は優しく笑った。


「いいんです。」


「今は少数派でも。」


「十年後。」


「二十年後。」


「『あの時、蓬莱の言う通りだった。』」


「そう思われない未来になることが、一番なんです。」


詩織はその言葉に静かに頷いた。


---


討論会終了後。


会場の警備を終えた義一が蓬莱へ歩み寄る。


「蓬莱さん。」


蓬莱が振り返る。


「今日はありがとうございました。」


義一は笑顔で頭を下げる。


「お二人とも、とても立派な討論でした。」


蓬莱は照れくさそうに笑う。


「ありがとうございます。」


義一は少し間を置いて続けた。


「もしよろしければ。」


「今度、研究所をご案内しましょうか。」


「実際に博士がどんな環境で研究されているのか、ご覧になれば、また新しい考えが生まれるかもしれません。」


蓬莱は少し驚いた表情を見せた。


そして穏やかに微笑む。


「ぜひ、お願いします。」


その隣で詩織も小さく頭を下げた。


「ありがとうございます。」


義一は笑顔で頷く。


「こちらこそ。」


この出会いが――。


後に四人の運命を、大きく動かしていくことになる。


第57話へ続く

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