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当たり前じゃない世界  作者: 鳳蓮荘
第2章 動き出す世界
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第五十五話 ZERO


今から十五年前――。


能力の薬が発表され、世界中が歓喜に包まれていた。


「人類は新たな時代へ。」


「能力社会の幕開けです!」


テレビは連日、その話題一色だった。


街では能力の薬を求める人々が長蛇の列を作り、多くの人が未来への期待に胸を膨らませていた。


しかし――。


その熱狂を複雑な表情で見つめる青年がいた。


蓬莱良樹。


後に"ヴォイアント"と呼ばれる男である。


「本当に……これでいいのかな。」


小さく呟いたその言葉に、一人の女性が振り返る。


「蓬莱さん。」


「また難しい顔をしてますね。」


若き日の神崎詩織。


後の朝霧詩織だった。


蓬莱は苦笑する。


「みんな能力の話ばかりしている。」


「でも、人の心は何も変わっていない。」


「能力だけが先に進歩してしまったら……。」


「きっと、いつか大きな歪みが生まれる。」


詩織は静かに頷く。


「私も同じ考えです。」


---


数日後。


小さな公民館。


十数人の男女が集まっていた。


蓬莱は全員を見渡す。


「今日は集まっていただき、ありがとうございます。」


「私たちは能力そのものを否定したいわけではありません。」


「ですが。」


「能力に頼りすぎる社会には反対です。」


全員が真剣に耳を傾ける。


「能力がある人も。」


「能力がない人も。」


「同じ人間です。」


「その当たり前を守るために。」


「私たちは活動を始めます。」


拍手が起こる。


詩織も笑顔で拍手を送った。


蓬萊は静かに言う。


「組織の名前は――。」


「ZERO。」


「すべては、ゼロから。」


「人と人との信頼を築き直すために。」


こうして、ZEROは誕生した。


---


数週間後。


駅前広場。


ZEROの活動が始まる。


「能力社会について、一緒に考えてみませんか。」


詩織は署名用紙を持ちながら、多くの人へ声を掛けていた。


仲間たちはビラを配る。


子どもたちも興味津々に集まってくる。


一人の男の子が蓬莱へ話し掛けた。


「お兄ちゃん!」


「能力ないの?」


蓬莱は笑顔でしゃがみ込む。


「まだないよ。」


男の子は不思議そうな顔をする。


「じゃあ、何で反対してるの?」


蓬莱は優しく微笑んだ。


「能力が悪いんじゃない。」


「能力だけで人の価値が決まる世界になるのが怖いんだ。」


男の子は首を傾げる。


「難しい……。」


蓬莱は笑った。


「大人でも難しいよ。」


「だから、みんなで考えていくんだ。」


詩織はそのやり取りを見て、思わず笑みを浮かべた。


「蓬莱さんらしいですね。」


---


活動終了後。


駅前の片付けをしていると、一人の男性が近付いてきた。


「お疲れさまでした。」


スーツ姿の青年。


朝霧義一だった。


詩織は少し驚く。


「ありがとうございます。」


義一は名刺を差し出した。


「イコル・ヤーレン研究所で警備責任者をしています。」


「朝霧義一です。」


詩織も軽く頭を下げる。


「初めまして。」


「神崎詩織です。」


蓬莱が笑顔で近付く。


「研究所の方が来てくださるなんて珍しいですね。」


義一は苦笑した。


「今日は警備協力の依頼がありまして。」


「何事もなく終わって安心しました。」


蓬莱は笑顔で手を差し出す。


「こちらこそ、ありがとうございました。」


義一もその手を握る。


「いえ。」


「皆さんの活動には感心しました。」


それが、二人の最初の出会いだった。


---


その頃。


イコル・ヤーレン研究所。


博士は窓から街を見下ろしていた。


助手が尋ねる。


「博士。」


「能力に反対する団体が活動を始めたようです。」


博士は静かに頷く。


「知っています。」


助手は少し不安そうに言う。


「止めた方がいいのでしょうか。」


博士は首を横へ振った。


「いいえ。」


「考え方が違うからといって否定してはいけません。」


「彼らには彼らの正義があります。」


「私には私の信念があります。」


博士は静かに空を見上げる。


「いつか。」


「答えは歴史が教えてくれるでしょう。」


---


その夜。


ZEROの定例会。


蓬莱は仲間たちの前へ立つ。


詩織も義一も、その姿を静かに見つめていた。


蓬莱はゆっくりと口を開く。


「私は信じています。」


「暴力では、何も変えられません。」


「人を傷付けて手に入れた未来は。」


「決して幸せな未来ではありません。」


仲間たちは静かに頷く。


蓬莱は穏やかな笑顔で続けた。


「だから私たちは。」


「最後まで話し続けます。」


「最後まで信じ続けます。」


「人の心は。」


「言葉でしか変えられないのですから。」


---


現在――。


アルバムを見つめる詩織の瞳には涙が浮かんでいた。


「昔の蓬莱さんなら……。」


「絶対に誘拐なんてしなかった。」


「暴力を、一番嫌っていた人だったのに……。」


「蓬莱さんに、一体何があったの……。」


湊は静かにアルバムへ視線を落とした。


ヴォイアント。


今、世界を震撼させている男。


その人物が、かつては誰よりも平和を願っていた。


その事実が、湊の胸へ深く刻まれていく。


第56話へ続く

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