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当たり前じゃない世界  作者: 鳳蓮荘
第2章 動き出す世界
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第五十四話 語られる過去


朝霧家――。


割れたコップの破片が床に散らばっていた。


静まり返る食卓。


誰も言葉を発することができない。


湊は母を見つめたまま、静かに待っていた。


父・朝霧義一は、黙って母の肩へ手を添える。


「……もう隠さなくていい。」


その一言に、母の瞳から涙がこぼれ落ちた。


「ごめんね……。」


「今まで黙っていて。」


湊は何も言わず頷く。


母は震える声で口を開いた。


「全部……話すね。」


---


義一は静かに椅子へ座り直した。


「湊。」


「これから話すことは、お前にとって信じられない話かもしれない。」


「でも。」


「全部、本当のことだ。」


湊は父の真剣な表情を見つめる。


「うん。」


---


母はゆっくり立ち上がる。


棚の奥から、一冊の古びたアルバムを取り出した。


大切に保管されていた一冊だった。


テーブルへ置く。


ゆっくりとページを開く。


そこには、若き日の男女が笑顔で写っていた。


湊は写真へ目を向ける。


「この人……。」


母は写真を優しく撫でる。


「蓬莱さん。」


「今はヴォイアントと呼ばれている人。」


湊は息を呑む。


「やっぱり……。」


母は静かに頷いた。


「私たちは昔、一緒に活動していたの。」


---


「組織の名前は――。」


「ZERO。」


湊は昨日、御堂が拾った写真を思い出す。


「ZERO……。」


母は懐かしそうに微笑んだ。


「能力社会に反対する組織だった。」


「でも。」


「暴力なんて一度も使わなかった。」


「街で署名活動をしたり。」


「講演会を開いたり。」


「政府へ要望書を提出したり。」


「私たちは、本気で話し合えば世界は変えられるって信じてた。」


義一も静かに頷く。


「あの頃の蓬莱さんは、本当に真っ直ぐな人だった。」


---


母は一枚の写真を取り出す。


そこには、一人の外国人男性が写っていた。


「この人が。」


「イコル・ヤーレン博士。」


湊は写真を見つめる。


「この人が能力の薬を……。」


「そう。」


母は頷く。


「博士が能力の薬を発表した時。」


「世界中がお祭り騒ぎだった。」


「でも。」


「私たちは違った。」


「能力が人を幸せにするとは思えなかった。」


---


義一が静かに話し始める。


「俺は当時。」


「イコル・ヤーレン研究所の警備責任者だった。」


湊は驚く。


「父さんが?」


「博士とは何度も顔を合わせていた。」


「でも。」


「研究内容までは知らされていなかった。」


「俺の仕事は。」


「研究所で働く人たちを守ることだったからな。」


湊は初めて知る父の過去に驚きを隠せなかった。


---


母は少し寂しそうに笑う。


「私はね。」


「義一さんと結婚したかった。」


義一も優しく微笑む。


「俺もだ。」


しかし。


母の表情が曇る。


「でも。」


「義一さんのお父さんとお母さんは。」


「能力者じゃない人との結婚は認められないって……。」


湊は思わず顔を上げる。


「そんな……。」


「私たちは何度も説得した。」


義一が続ける。


「能力なんて関係ない。」


「俺は何度も両親へ伝えた。」


「でも。」


「認めてもらえなかった。」


母は俯く。


「最後に決めたのは私。」


「義一さんを失いたくなかった。」


「だから……。」


「私は自分の意思で能力の薬を投与したの。」


部屋が静まり返る。


---


湊は静かに母を見つめた。


怒りも責める気持ちも湧いてこない。


ただ。


胸が締め付けられた。


母は涙を拭う。


「薬を打った日。」


「蓬莱さんは最後まで反対してくれた。」


『本当に、それでいいのか。』


『君まで能力者になる必要はない。』


あの時の声が、今でも耳に残っている。


母は静かに目を閉じた。


「でも。」


「私は、自分で決めた。」


---


義一はそっと母の手を握る。


「俺は。」


「全部知った上で結婚した。」


「過去のお前じゃない。」


「俺が好きになったのは、今のお前だから。」


母の涙が止まらない。


「ありがとう……。」


---


湊は二人を見つめながら、小さく呟いた。


「母さん……。」


「父さん……。」


「ありがとう。」


母は優しく微笑む。


「でもね。」


「ここから先の話が、本当に大切なの。」


アルバムをもう一枚めくる。


そこには、ZEROのメンバー全員が写った集合写真。


その中央には、笑顔の蓬莱良樹。


そして、その隣には――


若き日の母が立っていた。


母は静かに写真を見つめる。


「この日から。」


「私たちの運命は、大きく変わり始めたの。」


第55話へ続く

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