第二十二話 見ていたもの
翌日。
育成プログラム施設。
湊は訓練場の隅で、今日の予定が書かれた端末を見ていた。
その時だった。
視線を感じる。
「……。」
顔を上げる。
少し離れた場所。
如月希が立っていた。
じっと。
こちらを見ている。
湊も如月を見る。
「……。」
如月も見ている。
「……。」
まだ見ている。
湊は耐えきれずに口を開いた。
「……また見てる?」
「見てるよ。」
あっさりと答えた。
「何で?」
「面白いから。」
「だから、その意味が分からないんだけど……。」
昨日も同じことを言われた。
そして。
昨日も意味は教えてもらえなかった。
如月は少し考える。
「私も、まだ分からない。」
「え?」
「何が面白いのか。」
「自分でも分からないの?」
「うん。」
「……。」
湊は言葉を失った。
如月は相変わらず湊を見ている。
「如月。」
「何?」
「人のこと、よく見るの?」
「見るよ。」
「何で?」
「好きだから。」
「人を見るのが?」
「うん。」
如月は当然のように答える。
「話し方とか。」
「歩き方とか。」
「誰といる時に笑うとか。」
「誰といる時に黙るとか。」
湊は少しだけ後ろへ下がった。
「……何か怖いな。」
「よく言われる。」
「言われるんだ。」
その時。
近くにいたメンバーが二人の会話に気づいた。
「如月、また人のこと見てるの?」
「見てる。」
「本人の前で?」
「うん。」
「それ、普通はもう少し隠すんだよ。」
「何で?」
「……何でだろう。」
言った本人まで分からなくなっていた。
湊は如月を見る。
不思議な人だ。
でも。
周りのメンバーたちは、如月のことを怖がっている様子はない。
また始まった。
そんな感じだった。
「集合。」
日下部の声が響く。
メンバーたちの表情が変わる。
「今日は火災現場を想定した救助訓練を行う。」
訓練場の奥。
火災を再現するための専用施設。
その前に全員が集まった。
「今回は全員が同じ訓練を行うわけではない。」
日下部はメンバーたちを見る。
「能力によって、現場で求められる役割は違う。」
「自分の能力が何に使えるのか。」
「何に使えないのか。」
「それを理解することも訓練の一つだ。」
日下部が名前を呼ぶ。
「如月。」
「はい。」
「入れ。」
「分かりました。」
如月が前へ出る。
湊は少し驚いた。
如月の能力。
そういえば。
まだ、ちゃんと見たことがなかった。
「珍しいな。」
隣から声がした。
「え?」
輝羅だった。
「何が?」
「お前があいつを見てる。」
「いや、今から訓練するんだから見るだろ。」
「そういう意味じゃねぇ。」
輝羅は如月を見る。
「いつもは、あいつがお前を見てる。」
「……確かに。」
湊はもう一度、如月を見る。
「如月って、いつもあんな感じなのか?」
「あんな感じって何だ。」
「人のことをずっと見てる。」
「ああ。」
輝羅は短く答える。
「昔からだ。」
「人間観察が好きらしい。」
「やっぱり変わってるな。」
「お前が言うな。」
「何で僕まで?」
輝羅は答えなかった。
「始めるぞ。」
日下部の声が響く。
二人は前を向いた。
――――――――
訓練が始まった。
施設内に警報音が響く。
奥で炎が上がる。
本物の火。
訓練用に管理されているとはいえ。
熱気は離れた場所にいる湊にも伝わってきた。
如月が炎を見る。
表情は変わらない。
ゆっくりと右手を前へ出した。
次の瞬間。
空気が変わった。
「……え?」
湊が目を見開く。
如月の足元から。
白い氷が一気に広がっていく。
床を走る。
炎へ向かって。
まるで生きているかのように。
そして。
炎の手前。
巨大な氷の壁が立ち上がった。
ゴオオッ!
炎が氷の壁にぶつかる。
熱と冷気。
白い蒸気が一気に広がる。
「すごい……。」
湊は思わず呟いた。
如月は動かない。
炎を見ている。
いや。
違う。
湊は気づいた。
如月が見ているのは。
炎だけではない。
床。
出口。
建物の中。
全てを見ている。
如月が右手を少し動かした。
氷の壁が形を変える。
炎を全て覆うのではなく。
燃え広がろうとする方向だけを塞いでいく。
「全部、凍らせないんだ。」
湊が呟く。
「見てれば分かる。」
輝羅が言う。
「何が?」
「全部凍らせたら、どうなる。」
湊は訓練施設を見る。
そして。
気づく。
「……逃げられない。」
輝羅は何も言わない。
如月の氷が、さらに広がる。
しかし。
人が通る場所には氷がない。
避難経路。
救助する人間が走る場所。
そこだけは。
最初から避けていた。
炎だけを見ているわけではない。
建物だけでもない。
そこにいる人が。
どう動くのか。
それを考えている。
如月が左手を上げる。
炎の勢いが強い場所。
そこだけを。
一気に凍らせた。
炎が消える。
白い蒸気が広がった。
そして。
警報音が止まった。
訓練終了。
如月はゆっくりと手を下ろす。
訓練場が静かになる。
湊は何も言わず。
如月を見ていた。
――――――――
訓練後。
如月が施設から出てくる。
湊は近づいた。
「如月。」
如月が振り返る。
「何?」
「すごかった。」
「そう。」
「……それだけ?」
「ありがとう。」
「言い直した。」
「うん。」
やっぱり不思議な人だ。
湊は少し笑った。
「でも。」
「何?」
「訓練中、全部の火を消さなかったよね。」
「うん。」
「輝羅に言われて、途中で気づいた。」
湊は訓練施設を見る。
「全部凍らせたら、逃げ道まで塞いでしまうんだって。」
「うん。」
「でも。」
湊は如月を見る。
「如月は最初から分かってたんだよね?」
「分かってたよ。」
「どうして?」
如月は少しだけ考える。
「人を見てたから。」
「……人を?」
「うん。」
如月は訓練施設を見る。
「全部凍らせたら。」
「床まで凍る。」
「逃げる人が転ぶ。」
「出口が凍ったら、開かなくなる。」
「炎を消しても。」
如月は湊を見る。
「逃げる人が怪我したら、意味がない。」
湊は何も言えなかった。
能力がある。
だから使う。
そういうことではない。
強い能力ほど。
どこで使うのか。
どこで使わないのか。
考えなければならない。
「それに。」
如月が続ける。
「炎だけ見てたら。」
少しだけ間を置く。
「人を見失うよ。」
湊は如月を見る。
さっきまで。
自分は氷を見ていた。
炎を止める力を見ていた。
そして。
輝羅に言われて。
初めて逃げ道のことに気づいた。
でも。
如月は違った。
最初から。
炎の向こうにいる人を見ていた。
「火を消すための訓練じゃないから。」
如月が言う。
「人を助けるための訓練。」
湊は訓練施設を見る。
如月もまた。
能力を使っているだけではない。
見て。
考えて。
その上で。
使わない場所を決めている。
「……そっか。」
湊は小さく呟く。
如月が湊を見る。
また。
じっと見ている。
「何?」
「別に。」
「いや、絶対何かあるだろ。」
「考えてる。」
「何を?」
「やっぱり面白いなって。」
「またそれ?」
湊はため息をついた。
「いい加減、教えてよ。」
「何で僕が面白いの?」
如月は少し黙った。
いつもなら。
「分からない。」
そう答えるのだと思った。
だが。
今回は違った。
「最初は。」
如月が言う。
「輝羅が、あなたを気にしてたから。」
湊が輝羅を見る。
少し離れた場所にいる。
「だから見てた。」
「僕を?」
「うん。」
「でも。」
如月は続ける。
「九条さんも。」
「蒼井くんも。」
湊は如月を見る。
「あなたと関わってから、少し変わった。」
「え?」
「九条さんは、あなたに色々教えるようになった。」
「蒼井くんは、あなたを認めてなかった。」
如月は一度言葉を止める。
「でも昨日。」
「あなたに、持ち方を教えてた。」
「見てたの?」
「見てたよ。」
「……やっぱり見てたんだ。」
如月は気にせず続ける。
「輝羅も。」
「九条さんも。」
「蒼井くんも。」
「あなたと話すと。」
「少しだけ違う顔をする。」
湊は何も言わなかった。
自分では。
そんなことを考えたこともなかった。
「僕が変えたわけじゃないよ。」
湊は言う。
「うん。」
如月はすぐに答えた。
「だから面白いの。」
「……え?」
「あなたが変えたなら、分かりやすい。」
「でも。」
如月は少しだけ首を傾ける。
「そうじゃない。」
「何かが変わる。」
「でも、何で変わったのか分からない。」
「だから。」
如月は湊を見る。
「見ていたい。」
湊はしばらく黙っていた。
そして。
「……やっぱり如月って変な人だな。」
如月は少し考える。
「よく言われる。」
「気にしないの?」
「悪口?」
「いや。」
湊は少し笑う。
「多分、違う。」
「じゃあ、いい。」
如月も。
ほんの少しだけ笑った。
――――――――
その日の訓練が終わった。
湊は施設を出る。
空は少しずつ夕暮れに変わっていた。
「朝霧。」
後ろから声がした。
振り返る。
如月だった。
「何?」
「やっぱり。」
如月は言う。
「あなた、面白いね。」
「だから、何が?」
「まだ分からない。」
「まだ分からないの?」
「うん。」
如月はそのまま歩いていく。
「……。」
湊は後ろ姿を見る。
「如月って。」
小さく呟く。
「本当に変な人だな。」
「お前もな。」
「うわっ!」
すぐ後ろから声がした。
輝羅だった。
「いつからいたんだよ。」
「今来た。」
「じゃあ、何で僕まで変な人なんだ?」
「自分で考えろ。」
「分からないから聞いてるんだけど。」
輝羅は答えない。
湊はため息をつく。
その時。
ポケットの中で。
スマートフォンが震えた。
画面を見る。
小春からのメッセージだった。
『育成プログラム、どう?』
湊は少しだけ足を止めた。
最近。
学校にいても。
育成プログラムのことばかり考えていた。
九条。
蒼井。
如月。
日下部。
現場で見たもの。
学んだこと。
新しい世界。
でも。
湊の世界は。
ここだけではない。
画面を見ながら。
湊は少し考える。
そして。
返信を打ち始めた。
第22話 見ていたもの 完




