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第二十三話 いつもの場所


『育成プログラム、どう?』


スマートフォンの画面。


小春から届いたメッセージを見ながら、湊は少し考えていた。


どう。


そう聞かれると。


何と答えればいいのか、少し迷う。


大変だった。


何度も驚いた。


自分にできないことを知った。


怖い思いもした。


でも。


それだけではなかった。


湊は画面に指を置く。


『大変だけど、楽しいよ』


送信。


すぐに既読がついた。


『そっか!』


その文字を見て。


湊は少しだけ笑った。


そして。


もう一度、文字を打つ。


『明日、話す』


少しして。


小春から返信が届いた。


『うん!』


湊はスマートフォンをポケットにしまった。


――――――――


翌日。


昼休み。


湊は弁当を持って廊下を歩いていた。


教室で食べてもいい。


最近は。


そうすることが増えていた。


育成プログラムに参加するようになってから。


昼休みも。


昨日の訓練を思い返したり。


教わったことを考えたり。


気づけば。


屋上へ行くことも減っていた。


でも。


今日は。


階段の前で足が止まった。


上を見る。


この先には。


屋上がある。


「……今日もいるかな。」


小さく呟く。


そして。


階段を上っていった。


扉を開ける。


風が吹く。


何日か来なかっただけなのに。


少し久しぶりに感じる。


学校の屋上。


「……あ。」


声がした。


見る。


いつもの場所。


小春が座っていた。


膝の上には弁当。


そして。


少し離れた場所。


輝羅が寝転がっている。


「湊くん。」


小春が笑う。


「今日は来たんだ。」


「うん。」


湊は小春の近くへ歩いていく。


「ここで食べてもいい?」


「もちろん。」


湊は小春の隣に座った。


少し離れた場所から。


輝羅の声が聞こえる。


「俺には聞かねぇのか。」


「輝羅の近くじゃないだろ。」


「ならいい。」


「何なんだよ。」


小春が少し笑った。


何も変わっていない。


小春がいる。


輝羅がいる。


風が吹いている。


でも。


何だろう。


何日か来なかっただけなのに。


ずいぶん久しぶりに感じた。


「育成プログラム。」


小春が言う。


「どう?」


昨日と同じ質問。


湊は弁当を開けながら答えた。


「昨日も言ったけど。」


「大変。」


「うん。」


「でも。」


少し考える。


「楽しいよ。」


小春は湊を見る。


「そっか。」


「うん。」


「どんなことするの?」


「えっと……。」


湊は言葉を止めた。


育成プログラムへ参加した時。


最初に説明されたことがある。


訓練の詳細。


施設の情報。


参加者の能力。


国からの要請。


外部へ話してはいけないことがある。


「それは……。」


湊は少し困った顔をする。


「話しちゃ駄目なんだ。」


「そうなの?」


「うん。」


「ごめん。」


小春はすぐに言った。


「知らなかった。」


「いや、小春が謝ることじゃないよ。」


「そっか。」


小春はそれ以上聞かなかった。


何をしているのか。


誰といるのか。


気になるはずなのに。


話せないと言えば。


それ以上は聞かない。


湊は少し考える。


「でも。」


「うん?」


「変な人はいる。」


小春が首を傾げた。


「変な人?」


「うん。」


「ずっと僕を見てる。」


小春の動きが止まった。


「……ずっと見てる?」


「うん。」


「何で?」


「人を見るのが好きなんだって。」


「……人を見るのが?」


「話し方とか。」


「歩き方とか。」


「誰といる時に笑うとか。」


「誰といる時に黙るとか。」


小春は少し黙った。


「……女の子?」


「うん。」


「……そうなんだ。」


湊は弁当を食べる。


「変わってるだろ?」


「う、うん。」


「でも、悪い人じゃないよ。」


「そうなんだ。」


「昨日も、僕のこと面白いって言ってた。」


「……面白い?」


「うん。」


「何が面白いの?」


「分からない。」


「分からないの?」


「本人も分からないって。」


小春はさらに分からない顔をしていた。


その時。


少し離れた場所から。


声がした。


「お前。」


輝羅だった。


寝転がったまま。


目を閉じている。


「説明が下手すぎるだろ。」


湊が輝羅を見る。


「何が?」


「全部だ。」


「何でだよ。」


「今の説明じゃ。」


輝羅が片目を開ける。


「ただの変な女だろ。」


「変な人ではあるよ。」


「そこじゃねぇ。」


「じゃあ、どこだよ。」


「自分で考えろ。」


「またそれ?」


輝羅は目を閉じた。


湊は小春を見る。


「何か変だった?」


「え?」


「僕の説明。」


「えっと……。」


小春は少し考える。


「ちょっとだけ?」


「どこが?」


「それは……。」


小春は困ったように笑った。


「私も分からない。」


「ほら。」


湊は輝羅を見る。


「小春も分からないって。」


「もういい。」


輝羅はそれ以上何も言わなかった。


小春が小さく笑う。


湊も弁当を食べる。


しばらく。


三人の間に。


いつもの時間が流れた。


――――――――


「他には?」


小春が聞いた。


「他?」


「育成プログラム。」


「ああ。」


湊は少し考える。


話せること。


話せないこと。


その境目を探す。


「色んな人がいるよ。」


「うん。」


「僕に色々教えてくれる人もいる。」


九条の顔が浮かぶ。


「僕のことを認めないって言ってきた人もいる。」


蒼井の顔が浮かぶ。


「え?」


小春の表情が少し変わる。


「大丈夫なの?」


「うん。」


湊はすぐに答えた。


「最初は嫌われてるのかなって思ったけど。」


少し考える。


「多分、そういうことじゃないんだ。」


蒼井は。


無能力者だからという理由だけで。


湊を嫌っていたわけではない。


守れなかった人。


届かなかった手。


まだ。


蒼井が何を背負っているのか。


湊は知らない。


でも。


「色んな考えの人がいる。」


湊は言う。


「僕が正しいって思ってることが、他の人にも正しいとは限らない。」


「……。」


「でも。」


湊は少し笑う。


「話してみないと分からないんだなって思った。」


小春は何も言わず。


湊を見ていた。


「それから。」


湊は続ける。


「すごい人がたくさんいる。」


「すごい人?」


「うん。」


「能力もすごいけど。」


一度。


言葉を止める。


「ちゃんと考えてる。」


小春は首を傾げる。


「考えてる?」


「能力があるから使うんじゃなくて。」


「どこで使うか。」


「どこで使わないか。」


「そういうことを考えてる。」


昨日の。


如月の姿が浮かぶ。


炎だけを見ない。


人を見る。


「僕。」


湊は言う。


「能力者のこと、分かってるつもりだったのかもしれない。」


「……。」


「ずっと周りにいたから。」


「でも。」


「知らないことがいっぱいあった。」


九条。


蒼井。


如月。


日下部。


美鈴。


知らなかった考え方。


知らなかった世界。


湊は話し続ける。


小春は。


何も言わず聞いていた。


そして。


ふと。


笑った。


「湊くん。」


「何?」


「楽しそう。」


湊の言葉が止まった。


「え?」


「育成プログラムの話をしてる時。」


小春は言う。


「すごく楽しそう。」


「……そうかな。」


「うん。」


湊は少し考えた。


大変だった。


怖かった。


自分にできないことも知った。


それでも。


次の訓練にも行きたいと思っている。


もっと知りたい。


もっと学びたい。


いつからだろう。


育成プログラムは。


自分が無能力者だと証明する場所ではなくなっていた。


「……そっか。」


湊は小さく笑った。


「楽しいんだ。」


自分で言って。


初めて気づいた。


小春も笑った。


「良かった。」


「うん。」


湊は小春を見る。


「小春は?」


「え?」


「最近、何かあった?」


「うーん。」


小春は少し考える。


そして。


「あったよ。」


「何?」


「猫を探した。」


「猫?」


「うん。」


――――――――


数日前。


学校からの帰り道。


小春は一匹の猫を見つけた。


道の隅。


じっと座っていた。


前足には小さな傷。


小春が近づくと。


猫は言った。


『帰ってこない。』


「誰が?」


『子ども。』


猫の子ども。


一匹だけ。


朝から帰ってこない。


「それで探したの?」


湊が聞く。


「うん。」


「一人で?」


「最初はね。」


小春は笑う。


「近くの猫たちにも聞いたけど。」


「誰も見てなくて。」


「それから?」


「鳥に聞いた。」


「鳥?」


「上からなら見えるかなって。」


湊は少し驚く。


「見つかった?」


「うん。」


小春は嬉しそうに答えた。


「空き家の物置に入って。」


「出られなくなってた。」


「怪我は?」


「大丈夫だったよ。」


「良かった。」


「うん。」


小春は笑う。


「お母さん猫も。」


「すごく喜んでた。」


湊は小春を見る。


自分は。


育成プログラムへ行った。


特別な場所。


選ばれた能力者たち。


国からの要請。


大きな災害現場。


そこで。


人を助けることを学んでいる。


でも。


小春は。


いつもの帰り道で。


困っている猫を見つけた。


話を聞いて。


探した。


助けた。


「何?」


小春が聞く。


「いや。」


湊は少し笑う。


「小春らしいなって。」


「そうかな?」


「うん。」


特別な場所じゃなくても。


誰かを助けることはできる。


能力があっても。


なくても。


大きなことでも。


小さなことでも。


困っている誰かがいる。


そして。


手を差し伸べる人がいる。


「湊くん?」


「何?」


「また考えてた?」


「何で分かったの?」


「顔。」


「顔?」


「うん。」


小春は笑う。


「考えてる顔してた。」


湊は少し黙る。


「……小春まで人間観察しないでよ。」


「え?」


小春には意味が分からない。


少し離れた場所。


輝羅が。


小さく笑った気がした。


――――――――


昼休みの終わりが近づく。


風が吹く。


屋上。


湊は空を見る。


育成プログラムへ参加する前も。


ここに来た。


小春がいて。


輝羅がいて。


小鳥がいた。


あの頃と。


何も変わっていない。


はずなのに。


少しだけ。


違って見える。


その時。


一羽の小鳥が飛んできた。


屋上の手すり。


小春の近くに止まる。


「こんにちは。」


小春が言う。


小鳥が鳴く。


「何て言ってるの?」


湊が聞く。


小春は小鳥を見る。


もう一度。


小鳥が鳴いた。


小春は少し驚いた顔をする。


そして。


笑った。


「おかえり、だって。」


「え?」


「湊くんに。」


「僕に?」


「うん。」


湊は小鳥を見る。


小鳥も。


湊を見ている。


育成プログラムには。


知らなかった世界がある。


新しい人たち。


新しい考え方。


自分の知らなかったこと。


これからも。


きっと増えていく。


でも。


ここにも。


自分の大切な世界がある。


小春がいる。


輝羅がいる。


いつもの風が吹いている。


湊は。


少しだけ笑った。


「……ただいま。」


小鳥が。


もう一度。


小さく鳴いた。


第23話 いつもの場所 完

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