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第十話 普通

朝。


朝霧湊はいつものように学校へ向かっていた。


能力があることが当たり前になった世界。


しかし、通学路の景色は昔と変わらない。


信号があり、人が歩き、車が走る。


そんな当たり前の日常だった。


「おっと……。」


横断歩道の前で、一人の高齢男性が立ち止まっていた。


足が悪いのか、なかなか渡ることができないようだ。


信号は青。


だが点滅が始まっている。


湊は迷わず男性へ近づいた。


「大丈夫ですか?」


「ああ……すまないね。」


「一緒に渡りましょう。」


湊は男性の腕を支えながら横断歩道を渡った。


渡り終えた男性は何度も頭を下げる。


「ありがとう。」


「気を付けてくださいね。」


湊は笑顔で手を振り、そのまま学校へ向かった。


特別なことをしたつもりはなかった。


校門が見えてきた頃。


今度は大きな荷物を抱えた女子生徒がいた。


教材だろうか。


前が見えづらそうだ。


湊は自然と声を掛けた。


「持とうか?」


「え?」


「教室まで運ぶよ。」


女子生徒は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「ありがとう!」


湊は荷物の半分を受け取る。


そして教室まで運んだ。


「助かったよ!」


「気にしないで。」


湊は軽く手を振った。


昼休み。


屋上。


いつもの三人が集まっていた。


「おはよう、湊くん。」


小春が笑顔で手を振る。


「おう。」


輝羅も弁当を広げる。


「今日も誰か助けてたらしいな。」


「え?」


湊は首を傾げる。


「校門で話題になってた。」


「別に大したことじゃないよ。」


すると小春が小さく笑った。


「湊くんらしいね。」


「そうかな?」


「うん。」


小春は優しく頷いた。


「湊くんって、困ってる人を見つけるのが上手だもん。」


「そんなことないって。」


照れくさそうに笑う湊。


輝羅は呆れたように肩をすくめた。


「昔からあんな感じだ。」


その様子を少し離れた校舎の窓から見つめる男がいた。


日下部隼人。


育成プログラムの教官。


彼は朝から湊を観察していた。


横断歩道。


荷物運び。


そして今も。


日下部は静かに目を閉じる。


能力――鼓動感知。


周囲の人々の鼓動が伝わってくる。


緊張。


焦り。


不安。


喜び。


人の感情は鼓動に現れる。


しかし。


朝霧湊だけは違った。


老人を助けた時も。


荷物を運んだ時も。


鼓動に迷いがない。


見返りを求めているわけでもない。


善人ぶっているわけでもない。


ただ自然だった。


まるで呼吸をするように。


放課後。


日下部は一人、校庭を見下ろしていた。


夕日が校舎を赤く染めている。


朝霧湊は特別じゃない。


むしろ普通だ。


能力もない。


特別な才能もない。


だが――

この世界では、その普通が一番珍しい。


日下部は静かに呟く。


「彼は考えて動いているのか……?」


校庭では湊が落ちていた空き缶を拾い、ゴミ箱へ捨てていた。


誰も見ていない。


誰も褒めない。


それでも自然にやっている。


日下部は目を細めた。


「それとも――」


「体が自然に動いているのか。」


夕日が沈んでいく。


その答えは、まだ分からなかった。


第十話 普通 完

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