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ステラ伝説  作者: 人外倶楽部
第1章『一等星を追いかけて』

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第1話『それは流星の如く』

 賑わう市場にて。


 一人の少女───ステラは肉屋に並ぶ宝石のような品々に悩んでいた。ステラの目にはどれも輝いて見える。まるでルビーの如し。


「う〜ん、う〜〜〜ん……うん、これにしよう。おばさん、これをくれないか?」

「はいよ。ステラ、カルノス先生のおつかいかい?」

「あぁ、今日はシチューだって」

「そりゃあいい」


 ステラと店番の老婆は和やかに話す。老婆はステラの話ににっこりと微笑むと、上等な肉を切り落として布に包み、ステラの持つ袋に入れた。


 ステラが老婆にお礼を言い、その場を立ち去ろうとすると───。


「おい!泥棒だ!!」


 ステラは咄嗟に声のする方を見る。頑固者と有名な八百屋の店主が、焦った形相でこちらへと走ってきていた。店主の前を走っている少女(・・)が、おそらく泥棒なのだろう。


「おばさん、これ持ってて」


 ステラは老婆に肉を預けると、道の真ん中に立つ。周りの人々が「おい、嬢ちゃん危ないぞ!」「いや待て、ステラだ!」「ステラ!?なおのこと危ねぇよ!」と騒いでいるが、ステラは知らんフリをして前を見据えた。


「……ッ!」


 ステラを視認した泥棒の少女は驚きを見せたが、そのままステラへ突っ込む勢いで走ってくる。ステラはそんな少女に構えを取り、目の前までやってきた少女の腕を掴むと───。


「ぅ、わ!?」


 見事背負い投げをされた少女は声をあげて地に伏せる。周りが驚愕と感嘆の声を上げる中、ステラは手をパンパンと払って、追いついた八百屋の店主を見上げた。


「ステラ!」

「遅かったな!カリギュロスさん、いだっ」

「お前!ありがたいけど危ねぇことに首突っ込むな!」


 ごちん!と拳骨を落とされたステラは頭を抑えてしゃがみ込む。心なしかたんこぶができてる気がするのは気のせいだろうか?とステラは頭を摩った。


 ステラは横で伸びてる少女をチラリと見て、店主に問う。


「警備隊に突き出すのか?」

「………話次第では、拳骨一発で済ませるつもりだ」

「それなら警備隊の方がマシだな!、いだァッ」


 ごちん!とステラの頭に拳骨が続けて落とされる。ステラは頭を摩り、店主を睨んだ。店主が「なんだ」と言うとステラは目を逸らした。ステラは弱かった。


「カリギュロスさん、顔怖いから優しくしてあげろよ」

「余計なお世話だ。カルノスさんによろしくな」

「あぁ!」


 ステラは店主に手を振り、騒ぎから一転して賑わいを取り戻した市場を離れた。




「ただいま戻りました」


 市場がある街の外れ、山の奥の奥の奥にある隠し小屋のような建物。それがステラの育った家だった。


 ステラが帰ってきたことに気づいたのか、奥から家主が顔を覗かせる。


「おかえりなさい、ステラ」


 白く長い髪を編んで纏めた男性。彼はカルノス。ステラの育て親であり、師とも言える存在だ。


 カルノスはステラの元へ歩み寄ると、彼女の頭を撫でた。その光景は親子と言っても過言ではなかったが、どうしても気になってしまうのは───カルノスの頭に生えたツノである。彼の頭に生えた鹿のようなツノはどこか現実離れしていて、まるでカルノスが神聖な生き物のように見えてしまう。


「いい肉貰えたよ」

「それは良かった」


 カルノスはステラのふわふわとした黒髪を撫でてやると、彼女に言う。


「さて、ステラ。明日が何の日か、貴方はお分かりのはずです」

「はい!」

「何ですか?」

()が旅に出る日です!」


 にっこりと微笑んでそう言うステラに、カルノスは「そうですね」と釣られて笑顔になる。


「では、貴方の旅する世界についてもう一度勉強しましょうか」

「えっ」


 ステラはゲェッ!と言う顔を隠さず、カルノスを見上げた。カルノスはそんなステラを見てもなお微笑んでいた。


「せ、先生………俺はもう勉強は十分かなと………」

「ステラ」

「………」


 ステラは息を吐いてカルノスに「はぁい」と返事をした。ステラは分かっていた。カルノスは無駄なことはしない。必要だからこそ、ステラに歴史をもう一度覚えなおせ、と言っているのだ。


 少し不満そうな顔をするステラを、カルノスは優しい眼差しで見つめる。ステラはこの目に弱かった。


「では庭に出ましょうか」

「はい」


 ───今日も先生に言いくるめられたなぁ。


 ステラはそう思い、いつまでも敵わない師に着いていく。


 ステラはいつもこの庭でカルノスと勉強をしていた。


 時には歴史。

 時には倫理。

 時には役に立つ豆知識。


 カルノスは惜しみなく、ステラにありったけの知識を捧げた。ステラが文字を書きたいと言えば、街の知り合いから黒板を取り寄せて彼女に文字の書き方を教えてやった。ステラが剣を学びたいと言えば、一から十まで彼女ができるように指導した。


 カルノスは決して優しい教え方はしない。だが、誰よりも相手を思う教育をする。故にカルノスは、街でも評判がいい。


 切り株に座ったステラは、黒板に白いチョークで文字を書いていくカルノスを見上げる。


「では、ステラ。この世界の成り立ちからいきましょうか」

「えぇ〜!?そんなに前からですか!?」

「はい」

「はぁ〜………」


 ステラは相変わらずスパルタな師に肩を落としながらも、成り立ちをなぞるように思い出す。


「えっと………かつて世界には────」




 かつて、世界には何もなかった。

 それを哀れに思った神は、世界に生命(いのち)を吹き込んだ。


 はじめに海が生まれた。

 次に大地が生まれた。

 そうして多くの生命(いのち)達が生まれ、最後に人類(ひと)が生まれた。


 生命(いのち)に溢れた世界は賑やかになった。歌が生まれ、愛が生まれ、幸せが生まれた。


 だが、賑やかになった世界にはやがて争いも生まれた。多くの生命(いのち)はお互いに憎しみあった。恨みあった。殺しあった。


 神はその光景を嘆き、自分の手で終止符を打とうとした。一つ一つ、生命(いのち)を手折るように殺す神に世界は抵抗した。


 その結果、神は倒され平和が訪れましたとさ。


 めでたし、めでたし。




「───でしたよね」

「はい、素晴らしい。よく覚えてましたね」


 パチパチと拍手をするカルノスに、ステラはふふんと胸を張る。


「でもなんで今更世界の成り立ちについて?」

「世界の成り立ちは貴方に無関係ではありませんから。この世界に生きる者には、歴史を知る義務があります」

「ふぅん……」


 先生の言うことは難しいなぁ、とステラは空を見上げる。どこまでも青空の広がるこの世界を知る意味はステラには分からない。だが、この世界は好きだから、ステラは少しくらい勉強するのもいいか、と前向きに考えた。


「さて、次の問題です。この世界には幾つの国がありますか?」

「確か………七個?」

「はい、賢い」

「えへへ」


 へにゃりと笑うステラの頭を撫で、カルノスは黒板に地図を書いていく。


「『アトラティカ』『ポホヨラ』『キャメロン』『ラ・ビダ』『大和帝国』『パトラヌス』、そして私たちの暮らす『シード』。七つの国が、この世界には存在しています」


 ステラはそれらの国の名前は知っていても、どんな国かは話でしか知らなかった。ステラの世界はこの家と、少し遠くにある街くらいなので。


 だからこそステラは、十六歳になる明日から旅に出てもいい、とカルノスに言われた時に喜んだのだ。


「それぞれの国について私は知っています。ですが、貴方には実際にその目で見てほしい」


 カルノスは低く落ち着きのある声で紡ぐ。それはステラに対する望みと、彼女の未来に幸せが溢れることを願ってやまない声だった。


 ステラは地図が描かれた黒板を見つめる。

 未来に対する希望ゆえのふわふわとした高揚感は、ステラにとって心地が良かった。


「………楽しみだなぁ」


 ポツリとそう呟くステラに、カルノスは目を細める。ステラの空色の瞳は爛々と輝き、その頬は桃色に染まっていた。



 これはステラが旅に出るまであと一日の、彼女にとって真綿に包まれるような師との最後の授業である。



 ♦︎



 その晩、ステラは眠れなかった。


 楽しみなことがある日の前日は寝れないもの。故にこれは仕方がない。


 ステラはこっそり寝床から起き上がると、そっと廊下を歩く。そろりそろり。師の部屋の横を通る時は、息すらも潜めて。


 ギィッ────………。


 軋む扉を開け、ステラは庭へと出る。空にはまん丸の月が浮かんでいた。今日は満月のようだ。


 少し肌寒い風がステラの肌を撫でる。しかし、このひんやりとした感覚はステラの旅に対する興奮を落ち着かせてくれた。


 ステラは庭の切り株に座り、星空をただただ見上げる。


「…………」


 ぼうっとしていたステラは何も考えていなかった。いや、考えすぎて疲れたというべきだろうか。ワクワクとドキドキで脳がショートしてしまったのだ。


 ───だから、空から白い何かが落ちてくるのが分からなかった。何なら流れ星かな?とさえ思っていた。


 だが、その星が大きくなっていること、そしてこちらに近づいていることに気づき、ステラは顔色を変える。


「………は?え!?」


 ソレがステラの方にやってくる───と思われたが、こちらまで辿り着くエネルギーを突然失ったかのように、ソレは遠くの森に落ちていった。


 ステラはポカンとその様子を見つめていたが、ハッと我に帰ると森へ向かって走り出す。それは好奇心や探究心もあったが───。


(───あれは、多分生き物だ)


 まるで恒星のように輝いていたソレには手足があった、ように見えた。ステラはソレの手足と型を見て、生き物だと判断したのだ。


 ステラは草原を駆け抜け、森の中へと飛び込む。師であるカルノスがこの事を知れば「夜の森は危ないでしょう」と笑顔でステラの頬を割と強めに摘むだろう。


 ガサガサと草木を掻き分け、ステラはあの白い生き物が落ちたであろう場所を探す。


「確かここら辺だったはず───あ」


 意外にも、お目当てのものはすぐに見つかった。それも、大きなクレーターの中心に、だ。


 ステラは目の前の光景に狼狽えた。それは森にぽっかりと穴が空いてしまったようだった。


「───ぅ、」


 クレーターの中心から微かな、ほんの微かな呻き声が聞こえた。ステラはそれを耳にした途端、その場からクレーターの中心へと走る。


「大丈夫か!?って、君は………」


 ステラはその白い生き物を抱え、やっとその姿をはっきりと認識した。


 ソレは、人であった。

 いや、人の型をしている、と言った方がいい。燃えるように白く輝いている身体が、ソレを人だと断定するにはあまりにも異質だったから。


 白く長い髪はクレーターに広がっており、陶器のような肌は柔らかい。ステラはソレを頭から足まで見て、今まで見たものの中で一番美しいと感じた。


 そして、とある部分を見て呟く。


「………男、か?」


 ───言わずとも分かるだろう。アレである。アレ。


 だが、ステラはソレがあまりにも美しいから女だと勘違いしていた。ステラ自身、その男のような口調と中性的な見た目が相まって勘違いされる事はあるが、自分自身がする側になるとは思ってもいなかった。


 ステラはソレを抱えたまま、どうしたものかと考える。というか、生きているのか?疑問に思ったステラがソレにふと視線を戻すと。


「うわっ!?」


 ソレがパッチリと目を開き、ステラを凝視していた。あまりのことにステラは驚愕の声を上げる。


 ソレはステラから視線を外さず、むくりと起き上がる。意外にも瞳はとろりとした桃色で、白とのアンバランスさが帰ってソレを美しく見せていた。


「………」

「だ、大丈夫なのか…?怪我とかは………」

「………」

「というか、どこから来たんだ?まさか(ソラ)か?」

「………」

「……もしかして、喋れないのか?」


 何も答えないソレに、困ったな、とステラは頭を掻く。しかし、放っておくつもりはサラサラなかったステラは、とりあえず連れて帰ろうとソレに手を差し出した───が。


「立てるか?あんなスピードで落ちてたら、どこか痛めててもおかしくないけど、ぉ!?」


 ソレが己の方へとステラの手を引っ張ったため、ステラは倒れ込んだ。幸い、ソレがクッションとなったため痛みはないが───無防備にも、得体の知れない生き物(裸)にもたれかかるという形になってしまった。


「びっくりした………!」

「───」


 ステラの頬をソレが両の手で包む。その手はステラの想像よりもしっかりしており、彼女は心の中で意外に思った。


 ビュウ、と風が吹き、ソレの白い髪がサラリと靡く。ステラがそれを、まるでシルクが靡いているようだと思っていると、ソレが口を開いた。


()()()

「───え」


 何故、名前を。


 ステラが問うよりも先に、ソレは答える。


「私のお婿さん」

「………は?」


 呆気に取られるステラの手を握り、ソレが微笑む。花が咲くような笑み、誰もが見惚れてしまう表情。だが、ステラはそれどころではなかった。


 お婿ってなんだ?


 心の中では質問の嵐なステラだが、ソレはステラが聞く暇すらも与えずにステラに擦り寄る。


 そして。


「結婚しよう、ステラ」

「…………………………………………まずは、友達、からだな」


 ステラ、違う。そうじゃない。


 残念なことに、この場にはステラの選択を修正してくれる人物はいなかった。



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