第2話『ノヴァ』
───君の名前は?
「ない」
───君の出身は?
「ない」
───いや、ないわけないだろ。………まぁ、いいか。次、君は一体?
「分からない」
───空にいたのに?
「気づいたら落ちていた。だから、分からない」
───………そんなことあるのか?
ステラはソレと対話をし、頭を悩ませる。知らない分からないのないない尽くし。しかし、当人がそうなのだから知りようがない。
「じゃあ、最後に………なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「………分からない」
眉を下げてポツリとそう呟くソレに、ステラは嘘じゃなさそうだなぁ…と息を吐く。
名前も出身も自分自身が何かも分からないソレは、ステラの名前だけは何故か知っていた。それが不思議で仕方がないが、ステラは別に追求する趣味はなかったのでやめた。そういうこともあるのかな、くらいで済ませることにしたのだ。
「………分かったよ。まぁ、とりあえず」
「?」
「……服がいるな」
今が夜で良かったとステラは思いながら、ソレに手を差し出す。
「ここを発とう。夜の森は危ないからな」
「分かった」
ソレは頷くと、ふわりと浮いてステラの腕に絡みつくように手を握る。ステラは目をパチクリとさせてソレに聞いた。
「………浮くことができるのか?」
「?できる」
浮ける者は珍しくない。特に『キャメロン』の妖精などは浮いている者が多いという。
ステラはソレの事を「キャメロンの妖精か…?」と思いつつ、その場を歩き出した。
「しかし、名前がないと大変だな」
「大変」
「大変だろ?なんて呼べばいいか分からないんだから」
ソレはステラの言葉に考え込み、彼女を見る。
「なら、お前がつけろ」
「え、えぇ………?んな無茶な………」
「つけろ、つけろ」
ぎゅむぎゅむとステラの腕をソレは抱きしめ、名付けを要求した。ステラは「名付けなんて初めてなんだけどなぁ…」と悩む。
「うーん、名前、名前………」
地名?
花の名前?
それともかつて居た英雄から?
ステラはうんうんと唸り、ソレに視線を向ける。その白く輝く身体、芸術品のような造形。誰よりも美しいソレ。
それは星のようで───。
「───ノヴァ」
ノヴァ。
新星を意味するその言葉は、ソレに───彼に相応しかった。
「ノヴァ?」
「君のことはノヴァと呼ぼう」
「………ノヴァ、うん、ノヴァ。いいな、いい」
噛み砕くようにノヴァは自分の名前を何度も呟き、嬉しそうにステラの周りをくるりと回る。その際にノヴァの髪がステラの顔に当たり「わぷっ」と彼女は呻き声をあげた。
「ステラ、ステラ。ノヴァだ、ノヴァ。私はノヴァだ」
「はいはい。ノヴァだよ」
ステラは呆れたように微笑むと、ノヴァの手を引く。
月明かりが照らす中、二人は帰路を歩くのだった。
「おかえりなさい、ステラ。夜の散歩は楽しかったですか?」
家の前でステラを待ち構えていたカルノスに、ステラはだらだらと汗をかく。それをノヴァは不思議そうに覗き込んだ。
「ステラ、何故そんな顔をしている?」
「ノヴァ、ちょっと待っててくれ。先生、その、今日は散歩というより人助けというか、一夜の出会いというか………」
「ステラ」
「ゴメンナサイ」
カルノスはため息を吐き、ノヴァに視線を向ける。ノヴァを頭から足先まで視認したカルノスはステラに尋ねた。
「彼は?」
「ノヴァです。でも、コイツは空から落ちてきて………」
「空から?」
ステラはカルノスに全てを説明する。カルノスは黙ってステラの話を聞き、終わった頃には呆れた顔でステラを見つめていた。
「ステラ、貴方………」
「でも、置いていくなんてできませんよ!」
「しかし、貴方は明日旅に出るんでしょう」
「………そう、だけど」
ぐぬぬ、とステラは呻く。確かにステラは明日旅に出る。だが、出るからと言って空から落ちてきたノヴァを一人にすることはできなかった。
ステラの横でふよふよと浮くノヴァは、彼女の話を聞いてキョトンとした顔をする。
「ステラ、旅に出るのか?」
「ん?あぁ、そうなんだ。だから、君のことはどうしようか………旅を延期するのも考え、」
「私も行く」
「え?」
ノヴァの言葉にステラは驚き、彼の顔を見る。何を考えているか分からない顔のノヴァはステラを見つめ、再度「私も行く」と言った。
「私も行くって………いいのか?俺的には、先生に保護してもらう方が安全だと思うんだけど」
「でも、ステラと離れ離れになる」
「そりゃあ、そうだけど……」
「なら、行く」
ノヴァは折れなかった。ステラの手を硬く握って首をイヤイヤと横に振るノヴァにステラは困り、カルノスを見上げる。
カルノスは何かを考えるようにノヴァを見つめていたが、やがてステラにこう言った。
「拾ったのは貴方ですよ。決めなさいな」
「俺がですか?」
「貴方がです」
ステラはうーん、と考える。
ノヴァが着いてくる分には問題はない。それに、不思議とノヴァとは初対面な気がしないし、側にいると心地よく感じる。
クイッとステラの裾がノヴァに引っ張られる。ノヴァはステラに縋るような目をしていた。さながらそれは「捨てないで」と言っているようで。
「…俺の旅は順風満帆とは言えないかもだぞ?」
「ステラといれるならそれでいい」
「何で君はそんなに俺のことが好きなんだ?……分かったよ」
ステラが"降参"のポーズをすると、ノヴァはそれを"抱きしめる"のポーズだと勘違いして飛び込んでくる。ステラは驚いてノヴァを抱きしめ返しながら、「本当に何でだ…?」と首を傾げた。
それを、カルノスが静かに。
どこか思案するように眺めていたのは、本人しか知らない。
カルノスと体格がほぼ同じだったため彼のお下がりを身に纏ったノヴァは宙に浮きながら、旅支度をするステラを見つめる。
「えーっと、…地図は持った…傷薬も…」
ステラは荷物を詰め、一つ一つ確認をしていく。側でそれを見守っていたカルノスは微笑み、ステラに袋を差し出す。
「ステラ、これも」
「ん?…これ、お金ですか?」
「えぇ、当分は必要でしょう?」
ステラは目をパチクリとさせてお金の入った袋を見つめる。まさか、カルノスがこっそり用意してくれてるなんて思わなかったので。
「ありがとうございます。先生」
「お礼は貴方が無事に帰ってきてくれるので十分ですからね」
「はい!」
「貴方もですよ、ノヴァ」
「………私も?」
カルノスは、元気よく返事をするステラの横に居たノヴァにも声をかける。コテンと首を傾げるノヴァに、カルノスは「えぇ」とにこやかに頷いた。
ステラは荷物を背負い、立ち上がる。
「よし、ノヴァ。行こうか」
「うん」
ステラ達は扉を開け、外へ一歩を踏み出す。
これは旅のはじまりの第一歩。
彼女達の物語のスタート地点。
「ステラ」
「はい」
「がんばって」
ステラはカルノスを振り返り、咲き誇る向日葵のような笑みを浮かべる。
「はい!行ってきます!」
飛び出していく少女と、その横を浮いて着いていく青年をカルノスは眩しそうに、そしてどこか懐かしそうに見守る。それは親の眼差しのようだった。
「───まるで、貴方達のようだ」
───それは、一体誰に向けた言葉なのだろうか。誰も知る由もないし、カルノス自体それを言うつもりはなかった。
カルノスはただ一人、過去に思いを馳せながら少年少女を眺めるのだった。
♦︎
ステラ達は家の飛び出すと、まずは近くの街に寄った。市場で腹ごしらえをしよう!とはステラの案だ。
「腹ごしらえ?」
「ご飯だよ。おばさん、チーズパンを二つくれないか?」
「はいよ!ステラ、こんなカッコいい子連れてどうしたんだい?」
「あぁ、コイツは」
「俺の新しい連れだよ」とステラが答える前に、横に居たノヴァが先に答えた。
「私はステラの嫁だ」
───ステラは微笑み、ノヴァに言う。
「ノヴァ、違うだろ」
「…?本当の事だ」
至極当然のことだ!と言わんばかりの顔をしているノヴァに、ステラは頭を抱える。店員の女性は「まぁ!」と声をあげて興奮していたが。
「嫁だなんて!ステラ、やるねぇ!」
違うと言っても信じてもらえないんだろうな、とステラは遠い目をする。店員の女性が「サービスで一個追加してあげる!めでたいからねぇ!」とパンを追加してくれたので、よしとするが。
「ノヴァ、君は……」
「ステラ、あれは何だ?」
「………はぁ、いいか」
ステラはノヴァが気になったものを全て答えてやった。これは噴水だ、あれは市場だ、それが食べたいのか?なら買おう、など。
ステラはノヴァを見ていて、随分とものを知らない、と感じた。特に人間の営みについて知らなすぎる。
………やはり、『キャメロン」の妖精か?それとも、『大和帝国』の妖───。
「ステラ」
ステラはハッと我に帰り、「どうした?」とノヴァの横に並ぶ。
「あれは?」
「あれは………ノヴァ、目を合わせるな。いいな」
「?」
ステラはノヴァが指を指した団体を視認した瞬間、ノヴァのことを自分の身体で隠した。ノヴァの頭を抱きしめ、その団体が遠くに行くのを確認するまでそのままの体勢でいるステラに、ノヴァは内心ドキドキする。
団体が路地裏へと行くと、ステラはノヴァを離す。
「………行ったか」
「ステラ、あれは何だったんだ?」
ノヴァがステラに問うと、彼女は団体が去っていった方を見ながら答える。
「あれは奴隷商だな」
「ドレイショウ?」
「うーん………人を攫って売る奴らだ。君は綺麗だから、攫われてしまうかもしれない。あの団体を見たら離れないように」
「…?分かった」
───そんなことを話した三日後。
───ステラは。
「人を売るのがそんなに楽しいか」
「人を痛ぶるのがそんなに愉快か」
「───その性根はもはや救えない。ならば、俺が切り捨ててやろう」
奴隷商主催のオークションで、啖呵を切ることとなる。




