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第38話 巡回診療局の新設

事件から十日後、北辺診療院に新しい板札が掛かった。


 『巡回診療局』。井戸検査、村別薬歴、移動診療、緊急記録の統合部署。私が前から欲しかった仕組みを、ジークハルトが本当に作ってしまったのだ。


「伯爵は人の“欲しい”を形にするのが早すぎます」


「あなたが遅いだけだ」


 新しい帳場には村別の水質図と巡回日程板が並び、マルタが嬉しそうに棚番号を書き替えている。アイベン村の井戸も浄化が進み、子どもたちはもう手の震えを訴えなくなった。


 私は任命書を受け取り、その肩書きを声に出して読む。


「北辺巡回診療局長、兼主任薬歴官」


 長い。けれど悪くない。


 前の私なら、肩書きが増えるほど誰かの都合へ縛られる気がしていた。今は違う。必要な仕組みを自分で動かすための権限なら、いくら増えてもいい。


 診療院の廊下を歩きながら、私はふと思う。奪われた居場所を取り戻すだけでは足りなかったのだ。次は、奪われにくい形にまで作り替えなければならない。


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