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第35話 薬歴官は雪橋で待たない

王都査問官が到着する前夜、山から遅い雪が降った。


 その中を、子爵家の紋を隠した荷車が橋へ向かうと報せが入る。運ばれているのは証拠帳面か、逃がすべき金か。どちらにしても見過ごせない。


「私は行きます」


「危ない」


「だから行くんです」


 ジークハルトは数秒だけ私を見つめ、それから外套の留め具を自分の手で締めてくれた。


「離れるな」


「善処します」


 雪橋で荷車を止めると、御者は最初こそ食糧搬送だと叫んだ。だが布を剥ぐと、中から出たのは義援金銀貨の箱と、検疫局の仮印、そして閉山鉱区の新契約書。


「食糧ではありませんね」


 御者が逃げ出そうとした瞬間、私は橋板の上へ証拠箱を置き、はっきりと言った。


「この橋は病人を見捨てるための道ではありません」


 雪が髪へ積もる。冷たかったが、不思議と足は震えなかった。


 待たされる側でいるのは、もう終わりだ。必要な場所へ自分で立つ。その覚悟があるだけで、景色の見え方はずいぶん変わる。


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