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第34話 病人を増やしたい貴族

翌日、ハルバーグ子爵本人が北辺診療院へ現れた。


 三十九歳。仕立てのいい外套に香木の匂い、そして人を数字として見る目。私が一番嫌う種類の貴族だった。


「フォーゲル殿、あなたは少し優しすぎる」


「そうでしょうか」


「多少の犠牲で鉱山が動けば、国全体の銀が潤う。病人が数十増えたところで、長い目で見れば得だ」


 私は自分でも驚くほど静かに返した。


「病人を“増やしていい数”で数える時点で、あなたは診療院へ来るべきではありません」


 子爵は肩をすくめる。


「感情論だ」


「違います。医療記録論です」


 私は患者番号表と死亡台帳を差し出した。


「あなたは存在しない流行病を作り、生きている村人を死者へ書き換え、補助金で閉山鉱区を動かした。これが事実です」


 子爵の笑みが初めて消えた。


「辺境の薬歴官ごときが」


「ええ。ごとき、で十分でした」


 その瞬間、背後でジークハルトの気配が一段冷える。けれど私は手で制した。ここで必要なのは威圧ではなく、相手に自分の言葉を残させることだ。


 子爵は最後に吐き捨てた。


「王都がこちらに付けば、お前たちの帳簿など紙屑だ」


 私はその言葉も記録した。追い詰められた人間ほど、自分で証言を増やしてくれる。


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