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第29話 空の隔離小屋と満額補助金

公開診察会の前に、私たちは山道奥の隔離小屋を調べた。


 三棟あるはずの小屋には、毛布と空の器だけが残っている。患者が十四人いた形跡はない。なのに補助金台帳では、食事も薬も寝具も満額支給済みだった。


「人を入れるための小屋じゃない」


「数字を入れるための小屋ですね」


 私は床板の隙間から、油染みのついた紙片を拾った。鉱山資材の受領札だ。隔離小屋で扱うものではない。


 さらに裏手の倉に回ると、未使用の防疫幕と一緒に新しい土木杭が積まれていた。土地を区切るための道具だ。


「村ごと買う気です」


 マルタが息を呑む。


「病人を逃がして、井戸を閉じて、空いた土地へ鉱山を伸ばす……」


「そう考えると全部つながります」


 帳簿の中でしか存在しない患者。そのおかげで満額受け取られる補助金。空にされた村。整いすぎた悪意に、かえって吐き気がした。


 私は倉の在庫を一つずつ書き取り、受領札を封筒へ入れる。


「証拠が増えるほど腹立たしいわね」


「怒っている顔でも、字が乱れないのは立派だ」


 ジークハルトの言葉に、私は少しだけ笑った。乱れない字は、今の私が自分を保つための形でもある。


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