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第27話 婚約者殿は朝粥を運ぶ
山道診療が三日続いた朝、私は書庫机へ突っ伏したまま眠ってしまった。
目を覚ますと、湯気の立つ粥椀が目の前に置かれている。生姜、塩、刻んだ山菜。胃に優しいのに、ちゃんと腹へ落ちる味だ。
「辺境伯様は、いつから厨房係になったのですか」
「婚約者殿が食事を抜く頻度が高すぎる」
ジークハルトは真顔で答え、ついでのように私の記録板まで整えていた。整列した紙端を見るだけで、妙に落ち着く。
「村では噂になっていますよ。伯爵が毎朝薬歴官へ粥を運ぶって」
「困るか」
「少しだけ」
「ならやめる」
即座に引かれそうになって、私は慌てて匙を持ち直した。
「やめなくていいです」
自分でも驚くくらい素直な声が出た。ジークハルトはわずかに目を細め、何も言わず椀へ漬物を添える。
静かな朝だった。毒も台帳もない、ただ湯気の匂いだけがある時間。
「この件が終わったら」
私が口を開くと、彼は視線を上げる。
「巡回診療を正式制度にしたいのです。診療院の中だけでは足りないから」
「そうなるよう動く」
「即答ですね」
「あなたが必要だと言うなら」
その信頼の置き方は、いまだに少し眩しい。けれど今の私は、もうその光から逃げたいとは思わなかった。




