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第26話 山道の移動診療室
完全封鎖を避けた代わりに、私たちは山道へ移動診療室を作った。
台車の屋根布を張り、折り畳み机へ検査板を置く。マルタは薬袋を並べ、私は井戸ごとの症状一覧を書き出した。診療院から遠い村でも、同じ記録方法を使えば比較ができる。
「先生、ここへ来ると安心します」
妊婦の女性がそう言ってくれた時、私は少しだけ肩の力を抜いた。大きな陰謀を暴く前に、まず今日苦しい人を楽にする。そこを忘れたら、私の仕事はただの勝ち負けになる。
昼過ぎ、若い坑夫が口ごもりながら証言した。
「夜だけ旧坑の水門を開けるよう、ハルバーグ子爵の代官に言われました。閉山したことになってるから、黙っていろって」
代官の名を聞いたマルタが顔をしかめる。川向こうの土地買い占めで悪名高い男だった。
「村を空にすれば、安く買えるものね」
「ええ。そして流行病なら、誰も水路を疑わない」
私は証言書を三通作り、本人、診療院、伯爵府の控えを取った。病気の嘘も、土地の嘘も、最後は署名の数で潰す。
山道の風は冷たかったが、移動診療室の灯は小さく頼もしかった。建物がなくても、仕事の形は作れる。そう思えたのは、前の事件を越えた今だからかもしれない。




